朱里がいた2年の話 7

次の日、私は朱里にある提案をした。
「朱里ちゃん、福祉から週末にお金を頂いたら、貰ったその日に私が買い物に連れて行くよ。一週間分の買い物を先にして、残ったお金で週末遊びに行けばいいんじゃない?」
「良いんですか!?是非!お願いします!」
私は毎週、朱里がお金を受け取った日に買い物に連れて行くことになった。

初めて買い物に連れて行った時のこと。
子どもたちを保育園と小学校へ迎えに行き出発。
初めて行くという、このあたりでは有名なスーパーは鮮度もよく、一週間買いだめしてもそう痛むこともなく、おまけに安いし品数も多い。
「初めて来ました!来てみたかったんです~!」と。
びっくりしたのは、朱里の買い物の上手なこと。
一週間分の買い物を3千円から4千円で済ます。
でも、籠いっぱい。
私より上手なんじゃないか?
そんな朱里をみて私もうれしかった。
つい、お土産を買って持たせたりした。
本当ならお母さんとこんな風に買い物してる子が多いだろうに…
その後、朱里家族はこのスーパーが気に入り、毎週このお店へ行くことになった。

朱里はとにかく働いた。
子ども二人の面倒を見なければならないので、1日に6時間ほどしか働けなかったが、
「時間を延長して働いてもいいですか?」
「子供たちは大丈夫なの?」
「大丈夫です!お金を稼ぎたいので!」
そう言って、意欲のある姿を見せてくれた。

年末が近くなった頃、私の母が
「ねえ、朱里ちゃんのお子さんたち、ガリガリだったのに、丸くなったわね~」
おお!週末の買い物の効果が出てきたんだ!
毎週買い物に行って、ちゃんと食べているんだね。
心身ともに元気になり、仕事にも意欲を見せ始めた矢先、また彼氏が長期で泊まりに来ることを知る。
「とにかくちゃんと避妊しなさい?今はちゃんと生活をして、お金を作って、三番目の子と一緒に住めるように頑張りなさい!」とエールを送った。

この時、私は買い物には連れて行かないといった。
あくまでも私たちは朱里のフォローであり、朱里を妊娠させ大騒ぎになった彼氏を明るく迎える気にもなれなかった。
「昼間、働いていないんだから、家事をやってもらいなさい」と投げた。

彼氏も知的障害者だ。
障害者年金も貰っている。
すぐに喧嘩をするような人だ。
本音は子供たちが心配だった。
子どもたちに暴力を振るうんじゃないか…
性行為をしていてるところを子供が起きたのも気づかず見せているんじゃないか…
今まで、そんな姿を親に見せられて育ってきた朱里だ。
何度も指導員さんと注意をしつつも、きっとわからないだろうと思っていた。
そして、妊娠したら仕事は出来なくなる、お金が稼げなくなる、三番目の子が児相にいる限り、次に生まれたらまた児相送致になる事もさんざん説明をした。
そんな折、朱里が手に包帯を巻いてきた。
「どうしたの?」
「子供に宿題しろって言ったら、物を投げてきて怪我をしました」
後にこの怪我は、彼氏からのDVだったことを知る。
また朱里は嘘をついていた。

2か月ほど彼氏と一緒に居ただろうか。
いろいろ騒ぎは起こしつつも、彼氏は帰って行った。
何もありませんように…北野さんと再び願った。
それからもいつもと変わらず朱里は仕事をし、
私は週末に買い物に連れて行くという、平凡な毎日を過ごせていた。

ある日、一緒に仕事をしている社員さん達から
「樹里さん、朱里ちゃん妊娠していない?」
と、言われる。
「なんで?」
「あの腰回り、太っただけじゃないよ?聞いてみた方がいいんじゃない?」
…本音、怖かった。
もしも妊娠していたら、あの子は産み育てている間は無収入になる。
また子供を児相に送致される。
県外の、食べるにも困っている7人家族の住む家に同居することになる、アパートを引き払うにしても、出産するにしてもお金がかかる…いろいろ頭の中を巡った。
おそるおそる朱里の仕事場へ行き、お腹を見たり…

私は朱里を事務所に呼び出し、
「朱里ちゃん、今月生理来た?太った?」
「はい!今月の十日に生理来ました!それに、毎日お肉を食べられているので十キロ位太ったんですよ~笑」
ホッとした…
疑って悪かった…
今まで本当に嘘ばっかりついてたし、
仕事の時間も伸ばしてるし、顔色も至極良い。
お肉をたくさん食べているのは買い物に行っているし現実だもんねw

ここで朱里の三人の子供の話をしたい。
上から女の子、男の子、そして児相送致されている女の子。
一番上のお姉ちゃんは、とてもIQが高い。
とにかく頭がいい。
いつだったか、低学年のお姉ちゃんを会社で預かった時に、外回りついでに連れて行き、
私も大好きなカフェへ連れて行った。
そこで私おすすめのスイーツを一緒に食べることに。
「うん、意外と美味しい。」と言った。
…意外と??
「あのね、『意外と美味しい』っていう言葉は、あんまり美味しそうに見えないけど、食べてみたらまあ美味しかったって意味よ?どちらかかというとそんなに美味しくない感じ。」
「ええ!知らなかった!美味しい!めちゃくちゃ美味しいです!今まで食べた中で一番おいしい!」

子どもは大人の何気ない会話を聞いて言葉を学ぶ。礼儀も行儀も言葉づかいも。
こんなに頭のいい子なのに、なぜあの子はここを選んで生まれてきたんだろう。
真ん中の子と児相にいる三番目の子は検査で既に知的障害を持っていると結果が出ていた。
上の子ふたりは虫歯だらけだ。
とにかくジュースを飲む。
水を飲まずにジュースを与えられていた。
親族もジュースを買って与える。
生活の改善をさせるとき、一番最初に麦茶や水を飲むことを教えた。
食事量が少なくてもお腹があまり空かなかったのは、ずっとジュースを飲んでいたからかもしれない。
糖分さえ摂れていれば脳は騙されお腹は空かない。
栄養素も足りなくなる。
カルシウムも足りない。
虫歯になるのは当然なのだ。
『意外と美味しい』の言葉を聞いて、胸が締め付けられる思いだった。
この子はこのままここにいて、本当に幸せになるのだろうか?
余計なことだったかもしれないが、会社で預かっている間、私が教えてあげられることを
出来る限り教えてあげようと思った。
幸せな気持ちにしてあげようと思った。

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