セーヌ川のファッションショー、祝祭
ファッションショーは、開会式の式場となる「イエナ橋」(エッフェル塔とトロカデロ広場を結ぶ・・・終点)の手前にある「ドゥビリィ橋」で行われた。
「ドゥビリィ橋」は右岸の近代美術館(東京宮殿=パレ・ド・トーキョー・・・マチス、ピカソ以降の名画が豊富に収蔵されたこの美術館は無料で見学できる)と左岸のケ・ブランリ博物館(こちらは有料・・・アフリカ、アジア、オセアニア、南北アメリカの固有の文明・文化・芸術を収集している)を結んでいる歩行者専用の橋だ。
パリ・オリンピック開会式で、血煙で染まったコンシエルジュリーの場面とともに、ドラァグ・クィーンやLGBTたちのファッションショーとダンスで話題沸騰した「祝祭」のタブローはこの「ドゥビリィ橋」上で展開された。そのおかげで、今まであまりパッとしない橋だったが、この度の開会式で一躍脚光を浴びることになった。もしかするとこれから観光客が押し寄せるスポットになるかもしれない。
映像は、光輪のような冠を被ったDJのレスリー・バルバラ・ブッチLeslie Barbara Butchを大写しにし、少しずつレンズが引かれた。すると、彼女を中心にずらりとド派手な姿の人たちが並ぶ映像。いわゆるドラァグ・クイーンのひとたちだ。彼らの前には、赤色の舞台があり、そこで様々な衣装をまとった人たちがファッションショーを展開する。
その間、映像は次々に入場するオリンピアンたちの船を写し出して、国名が次々に告げられる。ファッションショー(ダンス)と船上の選手団入場風景がしばらく入れ替わり立ち代わりし、最後にアメリカ合衆国ついでフランス選手たちの大型船が通り過ぎた。
すると、スウェーデンのヘヴィ・メタルのロックグループ、ユーロップEuropeの名曲«The Final Countdown»が流れる、と同時にセーヌ川の上にEUを示す船が現れ、エッフェル塔のまわりに12個の金色の星ができた。
さりげなく、ヨーロッパ連合とバンド名のユーロップEuropeを繋げているのだ。ドゥビリィ橋」上ではミレーヌ・ファルメールMylène Farmerの歌«Désenchantée»に、ついでフィリップ・カトリーヌPhilippe Katerineの歌«Louxor, j’adore»に合わせて、ドラァグ・クイーンたちが次々と踊り、祝祭は頂点に達する。ユーロップの動画
«The Final Countdown»https://www.youtube.com/watch?v=9jK-NcRmVcw
ミレーヌ・ファルメールの動画«Désenchantée»秀逸な動画作品
https://www.youtube.com/watch?v=vkiyW0vqat8
フィリップ・カトリーヌPhilippe Katerineの歌«Louxor, j’adore»
https://www.youtube.com/watch?v=nLN8pvR8hDg
と突然、踊りが終わり、舞台上に巨大なクローシュ(料理を覆う蓋)のついた料理が登場する。なんだろうと不思議に思っていると、そのクローシュが上昇した。中身は驚くなかれ。葡萄のつるを巻いただけでほぼ全裸の青いバッカス(フィリップ・カトリーヌ)が現れた。
Nu
Est-ce qu’il y aurait des guerres si on était resté tout nu ?
Non
Où cacher un revolver quand on est tout nu ?
Où ?
Je sais où vous pensez
Mais
C’est pas une bonne idée
Ouais...
Plus de riches plus de pauvres quand on redevient tout nu
Oui
Qu’on soit slim, qu’on soit gros, on est tout simplement tout nu
Oui ?
Vivons comme on est né
Nu
Vivons comme on est né
裸
もし人が素っ裸だったら戦争なんて起こるだろうか ?
ないね
もし素っ裸だったらどこに拳銃を隠せるか
どこに ?
どこに隠そうかって考えているね
でも
いい考えじゃないね
うんうん・・・
人がまたすっかり裸になったら金持ちも貧乏人もいなくなるよ
そうだ
やせっぽちでも太っちょでも人は気楽に素っ裸
だめかい ?
生まれたまんまに生きよう
裸で
生まれたまんまに生きよう
(以下略)
Youtube動画で「Nu 裸」を歌うフィリップ・カトリーヌ
https://www.youtube.com/watch?v=N-Ro03zmg
開会式後のことだが、このファッションショーからバッカスの歌までのシーンを、どう勘違いしたのか、驚くべきことにレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』の風刺であり、カトリックを冒涜するものだと主張する人たちが現れた。似ても似つかないとは言わないが、レオナルドの晩餐は12使徒と一緒だったから、イエスを挟んで12人だったのに対し、こちらはずっと多くの人がいるし、前の赤い舞台はどう見ても食卓には見えない。ファッションショーの最後にバッカスが登場して分かる通り、この場面は明らかにオリンポスの神々の饗宴だ。オリンピックだから当然のことだ。ちなみに、光輪をつけたレスリー・バルバラ・ブッチはアポロン役だと言われている。このシーンはブルゴーニュはディジョンの美術館「Musée Magnin」にあるオランダの画家ヤン・ファン・ベイレルトJan van Bijlert(1597か8-1671) の「神々の饗宴Festin des Dieux」をもとに作られたコントだったのだ。尤もそれでも非難しようと思えばできないことはない。この絵がそもそも最後の審判の構図にオリンポスの神々を配置したパロディではないか。それを承知して開会式で披露したのではないかと。記憶違いでなければ、トマ・ジョリは単にベイレルトの絵を模倣したと言っている。ただし、トマ・ジョリとその仲間たちが熱心なカトリック信者とは思えない、どころか無神論者かもしれないとだけ言っておく(フランスでは全然驚きではない)。
とはいえ、問題はそれで収まらない。レスリー・バルバラ・ブッチやフィリップ・カトリーヌ、そして演出家のトマ・ジョリーも脅迫めいた文言をSNS状で浴びせられていて、恐怖を感じているということだ。フランス警察が動くらしい。
祝祭の章は Obscurité(暗闇) Solidarité(連帯) Solennité(荘厳) Éternité(永遠)と続く。