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夢のない男

初めて登録した東カレで、右も左もわからぬ若輩者だったころの私は、懇切丁寧な対応を心がけていた。登録後程なくして、写真は加工されているもののバチくそイケメンとマッチした。
これは写真詐欺の人のお話。


■ただし君 メーカー勤務

バラが送られてきていた。
東カレでは、男女ともにいいねは無制限で送ることが出来る。しかしその分、いいねが大量になりがちで、その中でも自分はすごく気になっているんですよ!とアピールするために使われる有料アイテム、それがバラである。
大抵イケていないがお金だけはダブついているおっさんたちから送りつけられるアイテムだと理解していたが、この日は一個下の男の子から一本送られてきていた。あれ、なんかガチっぽくない?
プロフィールをチェックした。一個下、メーカー勤務、三男、500-750万、まあ悪くない悪くない。
極めつけはプロフィール写真であった。加工してることはわかるが、なかなかの男前であった。黒のタンクトップ姿で室内で自撮りをしている点は引っかかるが、この写真の男の子が来てくれるならそこは全然目を瞑れる。
いいねを送り返して、メッセージのやり取りがスタートした。文字だけのやり取りだから、丁寧にしないと!初心者の私は絵文字の一つにも細心の注意を払っていた。
当時の私の仕事としては貿易事務をしていた。彼はメーカーで海外相手の営業をしているらしく、メッセージは盛り上がった。仕事内容、苦労する点等をすごく理解してくれて、用語を使っても通じるところはいいなと思っていた。メッセージは一日2ラリーほど送り合った。初アポはこの人になるかしら、とドキドキしながら毎日メッセージを送った。

しかし、ただし君は一向に会おうと誘ってこなかった。メッセージのやり取りはそれなりに楽しんではいたが、この人はひょっとしてメル友(死語)が欲しいのだろうか。それかイケメン過ぎてスケジュールがパンパンで、私は一旦キープされているのか。
気がつけばもう二週間メッセージのやり取りが続いており、その間に他のメンズから2件アポのお誘いがあり、初アポはさっさと他のメンズに落ち着いてしまった。このメンズの話はまた別のお話。
まだメッセージ続けますか?と思っていた頃に、ようやく彼から「よければ会ってお話しませんか」と来た。あ、会う気はあったんだ。一瞬で快諾。さらに会うことになったのはそこから一週間ほど経った日に決まった。お店はただし君が手配してくれたようで、土曜の夜19時に日本橋駅集合ということになった。

アポ当日、私の期待値はかなり上がっていた。イケメン君とようやく対面することが出来るのだ。毛玉のないニット着てきたし、メイクだって駅のトイレで最終チェックしてきた。
約束の時間直前に、何番出口付近待ち合わせで!というメッセージが入っており、早めについた私は品よく待った。

「mさんですか?ただしです!」
ついにただし君が現れた。が、誰だこの人は、、?
写真と違う人が来た、と思った。確かに目は一緒かもしれない、?
それ以外は顔の輪郭も、鼻の高さも、肌の質感も、髪型も、体格も違った。
ちなみにそれらの相違点をまとめると写真より、顔が丸く、鼻が低く丸みがあり、髭が青く乾燥気味の肌で、髪の毛には整髪料が付いておらず、全体的に肉付きがいい、ということである。
アプリあるあるの写真と違う人が来るってやつ、これか!と思った。ここまで違うと諦めがつく。しかしこの人は実際に会ったとき、写真と全然違うという揺るぎようのない事実について、いつもどう繕うんだろう。
がっかりしていることが相手に伝わらないように、精一杯笑顔を作りながら一緒にお店へ向かった。

予約しておいてくれたお店はこじんまりとしたイタリアンで、オーナーシェフと思われるお兄さんが厨房で手際よく作業しながらお客さん対応もこなしていた。内装もおしゃれだ。アプリのアポじゃなくて普通に友達と来たかったなーと思った。
ただし君はコースで予約してくれていた。お料理は勝手に出てくるので、ドリンクメニューからスパークリングを選んだ。が、正直コースで予約したことには驚いた。

「mさん、改めましてただしです!よろしくお願いします!mさんはアプリ始めたばかりだと思うので、実際に人に会うのって俺が初めてですよね?」ただし君が話し始めた。ご冗談でしょう?あれだけメッセージだらだら続けておいて?私のアポイント処女を君は目前でかっさらわれているんだぞ?
「そうですね、、何人かお誘いいただいていて、、そんな感じです。」
「俺の他にも会った人いるんですか?」
「まあ、、はい、。」
「あ、そうだったんですねー、、。」
嘘をつかないところは、私のとっても良いところである。彼の声のトーンが明らかに下がった。決して私のせいではないが、がっかりさせていることに何故か申し訳なく思った。

コースのお料理が前菜から運ばれてきた。美味しかった。それからは会話に詰まると料理が美味しいことに話題を振るようにした。
全体的に弾まない会話の中、メッセージでは弾んでいた仕事についての話題になった。
この人はどういうキャリアを思い描いているのだろう。同業界の仕事人として聞いてみたくなった。
「これから仕事でやりたいこととかあるんですか?転職とかも含めて。」
「んー、俺やりたいこととか特にないんですよねー。美容とか好きなんでそっちの業界行っても良いんですけど、給料下がっちゃうんですよねー。」
「お給料は確かに気になりますよね。」
「日本にいながら英国MBAとれるスクールとかもあって、興味あるんですけどお金かかるじゃないですか。」
「仕事の傍で勉強するのも大変ですしね。」
「んー、だから今の仕事でやりがい感じているわけじゃないですけど、このまま続けていきそうな気がしますね。」
つまんねー男だな、と思った。私より年下の男の子で夢の一つもないときた。この先の人生何の情熱も感じないものに、人生の大半の時間を注ぎ込んでこいつは生きていくんだろうか。その時、自分は仕事に情熱を注いでいる人が好きなのだと気づいた。
それまでの盛り上がらない会話の中で、彼は特に無趣味だということがわかっていた。休日もぼんやり過ごして、仕事もぼんやりやり過ごしているんだろうか。
食事の途中に彼はよく咽せた。喋るのと食べるのをちょうど良い割合で織り交ぜていくことが苦手のようだ。ゴフッゴフッと咳き込みながら、彼は手の甲を口元に当ててやり過ごしていた。落ち着いて食べれば良いのに、と思いながら私はお店のお兄さんにお水をお願いした。

また彼には口の乾燥をとても気にする癖があった。時折ポケットからメンソレータムの緑のリップクリームを取り出して塗り塗りしていた。目の前で結構な頻度で塗り直すので、かなり行動としては気になった。
「めっちゃリップ塗るやん。」
私は冗談めかして指摘した。すると彼は、えっ、と小さく発してそそくさとリップを仕舞った。指摘してはいけなかったようだ。微妙な沈黙が流れた。

盛り上がらない会話の中、趣味もない、仕事の夢もない、おまけに容姿も整えていなし、振る舞いも正直気分が良くない。この人は自分の何が魅力だと思って、何をアピールして、何の勝算があって、今日ここに来たんだろうか。
目の前の相手に辛口評価する自分は、何様のつもりだと反省しながらも、批判を禁じ得ない。
「どんな人がタイプですか?」と質問してきた彼に、私は即答した。
「仕事でも、私生活でもなんでも良いんですけど、何かに情熱を注いでいる人が好きですね。」
「そうなんですねー、、。」
「別に私がどうこういう問題じゃないんですけど、夢、持った方がいいと思いますよ。目先のお金が減るからって何にも挑戦しないの、本当にもったいないです。」
「そうですね、、。」
沈黙。
別に私も相手に伝える気はさらさらなかったが、つい口にしてしまった。アプリで知り合った男の子にお説教を食らわせてしまったのは、後にも先にも彼ただ一人である。(この先はきっとしないだろうという強い自戒を込めて)

コースが終わり、お会計になった。お店のお兄さんは入店時はニコニコの笑顔で迎えてくれていたが、盛り上がらない会話の様子からデートが失敗していることを汲み取ったのか、この頃には少し眉毛が下がっているように見えた。素敵なお店なのに申し訳なかった。
ただし君は「俺が払います!」とカードを切ってくれた。しかし、このつまらない男に奢られるのももはや腹がたった。
コースがいくらかわからないけど、と言って5000円札を差し出すと、彼はそうっすかじゃあ、とそのまま受け取った。手渡したのは私だが、このつまらないアポに5000円かーと思った。

「今日はありがとうございました!では!」
駅の改札付近で彼は頭を下げた。別れのご挨拶は元気がよかった。お互いにこれは次ないだろうという共通認識があったようで、連絡先を交換することはなかった。
悪い人ではなかった。私を騙そうとしてきたり、悪意があって近づいてきたのではない。
しかしこの人に合うのは確実に私ではなかっただけだ。きっと彼のような安定思考を好む女性はいるだろう。私ではなかっただけ。そして彼が登録するべきアプリも、多分東カレではなかっただけ。

私はこの彼との出会いの後も、空振りを連発し続ける。

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