見出し画像

分かり合えないもどかしさ〜エネミーイメージの解消〜

ある一言で、あの時のあの態度で誰かを敵視してしまうことはないだろうか?
無意識のうちに敵か味方か?をジャッジしてしまう。
特に近しい相手なら尚更だ。

今回、そんな敵対視している決めつけを解消するワークをしてもらった。
エネミーイメージの解消・・・

私は、夫のある一言からエネミーイメージがより強固なものになっていた。

「お前の感情なんてどうでもいい。つべこべ言わずにいうことを聞け。」

この言葉が私を絶望へ引き込んでいった。
その時私は、強い怒り、悲しみ、絶望を感じていた。
「許せない!私は、あなたの奴隷じゃない。だから離婚したいんだよ。」
強い怒りと憎しみで頭から火を吹きそうなくらいに・・・

私が大事だったのは、理解、尊重、尊厳・・・平等

「平等」

このワードを口にした時、あることが浮かんできた。
それは、高校3年の時、進路を考えていた頃。
家庭の状況から大学進学はできない事。就職する際、私は公務員試験を受けることにした。当時、まだ女性と男性では給与に差がはっきりしていた。高卒だと女性はお茶汲み、コピー取りでお飾りのような扱いに強い憤りを感じていた私は、男女平等であることを一番の理由に決断した。どんな仕事をしたいかよりも平等であることが何よりも大事だったからだ。

そんなことを思い出していた。

ワークでは、この出来事からそのような考えの根底にある解釈や意味づけを紐解いていった。
そこで、
子供の頃に末っ子ということもあって何かと

「お前は、子供だから」「女の子だから」「チビだから」

などと言って、その場に入れてもらえなかったり、私だけ知らない情報があったりした。新幹線や列車の席はいつもなくて「私は、みそっかすだ。」と思っていた。

子供の頃のことを思い出してみて、ここがルーツとなって「平等」というニーズが出てきたことに気がついた。

そして、その奥にあるニーズが「存在(在ること)」だった。
自分自身の存在が危ぶまれる恐怖を味わっていた。
だから、

「自分がここにいる」

ことにきづいてもらうこと、わかってもらうことが大事だったのだ。

夫の言葉とこの出来事は、全く関係ない。だけど、頭ではわかっているけれど、胸の辺りがもやもやする。それが中々抜けない。

繰り返し感情とニーズにつながる。

子供の頃の私は、怖くて、寂しくて、無力さを感じていたこと。
存在(在ること)が満たされなくて、ちっちゃく隅っこで震えていたことに気づいた。

日頃抱えている何故だかわからない恐怖や不安、それから逃れるように空想の世界に没頭していた。そしていつしか、自分が誰だかわからなくなっていった。
こんなに苦しかったんだ。辛かったね。

私に中にいる小さなルチアを抱きしめてあげたい。

それと同時に過去の出来事と違うイマココの出来事に反応していたことがよくわかった。
途中、相手である夫に共感して相手への理解が深まって冷静に状況を受け取れるようになった。

このワークを通して、エネミーイメージを抱いていた相手ではなくて、過去に気づついた出来事が大事なニーズが満たされない恐れから、その人に対してエネミーイメージを持ってしまったことが明白に理解できた。

今まで感情的になって向き合えなかったけれど、これを機に建設的に向き合えそうな予感がしている。

お互いを尊重しながらそれぞれのこれからの人生をより良くしていくための選択が出来るように私自身の奥で叫んでいるジャッカルやチャイルドに耳を傾けていきたいと痛感した。

このワークは、たった15分程度のワークだった。
私の人生の殆どを占めていたであろう問題があっという間に解消できることに改めて驚いている。
これから、このようなNVCのさまざまなワークができる講座が始まる。
私もサポーターとしして参加する。

繊細で深淵なNVCの世界の魅力に改めて引き込まれている。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?