仮想世界における欲望の増長と多様な個性
最近『魔法少女にあこがれて』というアニメが放映されているが、これには興味深い点が一つある。それは、主人公の欲望が貪欲に増長しているということだ。
作中で主人公は加虐嗜好を増長させていく。「魔法少女になりたい」という当初の目的を大きく離れ、SM雑誌による学習等を経て、行為がさらに多様になっていく。
加えて、欲望の増長によって人格が魅力的になっているという点も注目される。主人公は欲望が増長する中で加虐趣味者としての特徴が際立っていき、能力も向上する(感情は力の源泉であると作中でさらりと言及されている)。作中世界で主人公がこの際立ちによって地位を得ているので、これを人格の向上と呼んでしまおう。ちなみに、同様の事はヤンデレの典型として人に崇拝されている『落下傘ナース』のヒロインにも顕著に見られる。
この、欲望の増長による人格向上という現象は、日本の教育政策に対する一つの回答になっている。
日本では教育政策の一つとして個性を伸ばすということが推進されていたが、この個性の称揚には大きな問題があった。それは、生活費の稼げる個性がごくわずかであり、実際には多様な個性を発展させてはいけないということだ。それは就職面接に現れており、人の人生は多様なはずなのに求職者が面接で語る自画像は、サークルやアルバイトのリーダーになって賞を獲得したり利益を向上させたといった、画一的なものである。
ゆえに、経済界が要求する会社人としての人格の型に合致するように個性を伸ばすという人格教育が教育行政で行われている。対象が人格という魂の領域なので、軍靴に足の大きさを合わせる旧軍の命令より野蛮である。
こうして教育行政における個性称揚は失敗したのだが、欲望の増長による人格向上という現象はこれを救済できる。
欲望による人格向上が作中の主人公の組織で示す通り、本来は個性は多様に伸ばしていいものだ。しかし、作中の組織と日本には大きな違いがある。それは生活費の獲得方法だ。作中世界では生活費を稼ぐために人生を捧げなくてよい。学校も労働も深刻ではない。しかし日本では近隣諸国と同様に、学校教育が受験戦争になっており、受験戦争は良い企業に就職するためであり、良い企業に就職するのはできるだけ楽に大量の生活費を手に入れるためなので、学校を通して生活費に人生を捧げている。就職は人生に有害である。
これは人格に対する一つの可能性を示している。つまり、生活費が不労所得で賄えるようになった場合、欲望による人格向上で地位や居場所、精神の大地を顕現させることができるということだ。
生活費が不労所得で賄えるという状態は、ベーシックインカムを考えれば理論的に可能である。また、2010年代前半にメンヘラ神という人がいて、彼(正確には彼女)の人格は魅力的でありインターネットの人気者になっていたが、精神に問題を抱えており就職を前にして自殺した。彼はかつて居候に「大学院に行きたい」と相談したのだが、居候は「お前は大学院に向いていない」と拒否しており、その時は私も居候が正しいと思ってしまった。しかし、思い直せば彼は大学院に行くか無職になるべきであった。確かに、彼が大学院に行きたいと言ったのは就職から逃げたいという時間稼ぎでしかないだろう。しかし、就職から逃げていれば彼は自殺せずに済んでいた。まず、彼は金持ちの子供だから生活費には困らない。加えて、大学院生か無職になって時間を稼いでいれば、Vtuberという彼にピッタリの新業界が発生していたので地位を得られ、自殺しなくてよくなっていたはずだ。そうすれば彼は代表的なメンヘラVtuberになっており、『NEEDY GIRL OVERDOSE』に代表されてしまっているメンヘラVtuberのイメージは、もっと複雑で面白く豊かになっていただろう。
欲望による人格向上では、人格は苦行で伸ばすものではなく、欲望に従い欲望を増長させることで向上させることになる。左道タントラのようなものだろう。職業に人格を合わせるような右道を実践するより、欲望人格の左道を実践する方が魅力的なのは言うまでもない。
そういう人間のあり方が『魔法少女にあこがれて』では窺えるわけだが、もちろんこれはアニメや漫画の作中世界に限った話ではなく、主題が参加者の人格であるVtuberやVRChatでも起こっている現象だろう。現にVtuberの性格は特徴的に際立っており、それが窺える。もちろん大抵のVtuberは生活費を稼ぐとかアカウントが削除されないようにするといった制約があるので、VRChatの方がよりそれを窺いやすいだろう。とはいえ私はVRChatの実態を知らないのでその正否はわからない。しかし、VRChatでは『魔法少女にあこがれて』と同じくエロが蔓延しているらしいので、やはり欲望の増長が肯定されており、ある程度は当たっているのではないだろうか。
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