虫刺され
一番最初のお話から、自分の名前のタイトルをつけるなんて、エンドロールみたいなものだと自分でも思う。
自分で自分の世話をできなくなってから伸びっぱなしの自分の爪を見ると、
これまでの時間が、長かったのか短かったのか分からなくなる。
顔肌が冷たい空気にさらされたとき、少し、嬉しい気持ちになる。
寒いと、嬉しくなる。
冷たい空気は私の顔を洗ってくれているような気がする。
嫌なことがあっても嬉しいことがあっても冷たい空気は変わらず、
私の肌に触れてくれる。
寒いなか、手や足は覆われていても、顔はめったに覆われないし、私からも覆わない。
私の顔は無防備で、冷たい空気は私のやわらかい部分に分け隔てなく接してくれる。
冷たい空気だけはどんなに時間が経っても私と一緒にいてくれる。
消えないにきび跡と、靴擦れのためにあてがわれた3つの絆創膏、
左手の人差し指と右手の薬指にできた虫刺され。
制服を着て通学していたころの秋、心機一転、私は慣れないローファーを履いていた。無意識だった。枯れ葉が挟まっていると指摘されるまで気づかなかった。
真っ白な靴下には枯葉のような染みができていた。
それから私のかかとは分厚く、ちょっとやそっとの慣れない靴じゃ動じないかかとになった。
かわいくなかった。
かわいさよりも、強さを選んだ。
誰も私のかかとなんか見ないし、私のかかとを見る相手はきっと、
私のかかとを好きになるような人だと、私は、ずっと、
ずっと甘えている。
そんなかかとに、靴擦れが三つできた。
分厚い皮膚の斜め上に左右の足、それぞれ一つずつと、
右足のくるぶしの下。
左足のくるぶしの下も靴擦れが起こっていたのに、こいつはいち早く瘡蓋になっていた。
どんなに強くなっても、弱点はあるみたいで、
その弱点を突かれれば、シャワーの水で悲鳴をあげる程度、ダメージを負う。
私の分厚い皮膚は対人で、私、対、人、で
私 vs 人では弱点で。
その弱点を私は、かわいがって、おもしろがって、もらいたくて。
そうやってかわいがって、おもしろがってもらいたいから、人は
弱さを人に見せるのかも、しれない。
それは間違いなく血を流す行為なのに、やってみたくなるおかしさが
それぞれ、とは言わないまでも、私には、あるのかもしれない。
血を流して、かわいがって、面白がってもらえなかったら、
絆創膏を貼る。
そして、気づいたら手に虫刺されができる。
弱さをちらつかせるために負った傷と、
かわいがって、おもしろがってもらおうとしたことへの罰。
もし、かわいがって、おもしろがってもらえたら?
あなたに虫刺されができるのかな、
それとも二人に?
3つの靴擦れと
2つの虫刺され。
消えるのか、跡になるのか、
はたまた分厚くなるのか。
靴擦れの話をしている間、ずっと”靴擦れが起こる場所はなんて名称なんだろう”ということを考えていた。調べもしたけれど、ピンとくる名前がなかった。
靴擦れの話をするときに人はどうやって説明するんだろう。
文字では靴擦れの話はしないのか、それとも、靴擦れの場所なんてどうでもいいのか。