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創作「下町のバイリンガル」(卒業制作没シリーズ)

 空に架かるアーケードの隙間から差し込む、ぽかぽかとした陽気が入り口に掛けたばかりの黒い暖簾を仄かに照らして、夜勤明けで壊滅寸前の杉本でも、なんとなく春の訪れを感じられるような時候だった。

 店内の壁にかけてあった、時計の短針が9に差し掛かる頃、淡緑のエプロンを羽織った――この店の制服である――この店にそぐわない程潤う肌を備えたセンターパートの男が、レジにぼんやりとした表情で立つ杉本の下へ駆け寄った。

「お疲れ様です、店長」

 若い男の胸には『星野』と書かれた名札が、ほんのり右肩下がりで掲げられていた。

「お疲れさま、今日も朝からありがとね」

「いえ、寧ろ金欠で稼ぎたかったので全然です」

 そういって星野はこなれた手付きでレジスターにログインし、テーブル下のコインチェッカーにレジ金を積み、レジ誤差のチェックを始めた。十円玉を落とした際に響く、キーンという金摺音が茫漠な店内に響き渡ると、二人はこの店の閑散を憂いで同時に溜息をついた。

「やっぱこの店24時間である必要あるんですかね」

「正直ないだろうね……まぁ、本部の指示だからしょうがないよ」

「店長さんって、そういう柵もあるのに店舗運営の全責任を押し付けられるのって理不尽ですよね。益々社会人になるのが嫌になってきます」

「君って今幾つだっけ?」

「大学一年生です」

「なら、まだそんな事考えなくてもいいさ、今は人生の夏休みを謳歌していれば……あっ、いらっしゃいませ」

 星野と杉本が私弁に耽っていると、レジ前に中年の男性がやってきた。籠の中には目薬、蝋燭、文庫本2冊、そして赤と白で縞模様が描かれた定番オナホールのようなもの――オナホールである――が入っていた。
男はポケットから丁度の金額を取り出し速やかに会計をすませ、ステップ気味の軽い足取りで店を去ると、レジを通した杉山の方を向いた星野は顔を解りやすく顰めた。

「オナホールと目薬って……目薬をローション代わりに使うんですかねぇ、あの人」

「まぁ、性癖なんて人それぞれだからねぇ」

「いやぁでも、谷﨑潤一郎の文庫と一緒にオナホールを買うって、しかも蝋燭付きとはそういう……」

「まぁでも、お客さんの話はやめようか。もし聞かれてたらクレームに繋がるからね」

 話を切り上げたそうにしている杉本に気付き、星野はバツが悪そうに黙り込むと、空気の澱みに罪悪感を憶えた杉本はエプロンをほどき始めた。

「じゃあ、僕は休憩に行ってくるから。なんかあったら休憩室に居るから呼んでね」

「解りました、レジは任してください」

「頼もしいな君は」

 そう言ってお互いに微笑んだ後、杉本は休憩室にあるソファーに身をもたすと、夜勤で溜まっていた疲労が大波の如く押し寄せ、彼は何時の間にか夢の中にいた。

 アダルト書店で働く為に産まれたと言わんばかりの体内時計を駆使し、アラームも無しで休憩終了3分前に目覚めた杉本は、微睡みの中、目を擦りつつレジへ向かうとレジで星野がキャリーケースを引いた男性と会話を交わしていた。

 客に気を遣わせないよう、忍び足で近寄ると、中国語と思しき言語で何やら会話を交わしていた。

「有没有紧身的自慰器」

「那白色的东西怎么样」

 とても聞き取れそうにない言語でやり取りされた後、観光客は満足気な表情で真っ白な筒状のオナホールと思しき棒――オナホールである――をキャリーケースの僅かにチャックの空いた隙間に放り込み、去っていった。

「感心したなぁ、ウチのバイトに中国語が喋れる人材が居るとは」

 杉本が褒めそやすと、星野は赤茶髪の繁茂した頭皮を解りやすく掻き、内心の照れを表現した。

「言っても、必修で取った中国語レベルですよ。最低限、接客は出来ますけどね」

「接客できたら、ほぼ即戦力と言っても過言じゃないよ」

「そんなものですかね……あっ、おはようございます」

 戯言を交わしていると、同じく淡緑のエプロンを羽織ったショートヘアの女性が、何時の間にかレジ横に立っていた。

「おはよう、朝から楽しそうね」

 パートタイマーの山本――彼女の名である――は柔らかな微笑みを堪えながら、エプロンの紐をきつく縛りなおした。表情が移ろう度に揺れるほうれい線は、数多の佳境の痕のような趣を感じさせられる。

「実は、さっき中国人観光客が来たんですけど。星野君が流暢な中国語で対応してくたんですよ」

「流暢だなんて、そんな」そういって、熟女系作品でいつも自慰行為を行う星野は再び顔を赤らめた。「必修の授業レベルなんで……」

「僕は全く喋れないんで……山本さんは、実は喋れたりするんですか」

「あら、こう見えても中国語スクールに通ってた事もあるのよ。半年だけだけど」

 そう言って山本女史が胸を張ると、豊饒な胸がくっきりと輪郭を模り、星野のパンツの中ではカウパー腺液が少量分泌された。

「じゃあ、少し自己紹介でもしてみて貰えますか」

「我山本祥子也。成人向成人玩具取扱店勤務。趣味無。貯金無。中国語以心伝心重要」

 流暢かつ肉感すら感じる色っぽい声音を聞いて、星野の強く刺激されたリビドーは限界に達そうとしていた。

「すみません……僕、お腹痛いんでトイレに行ってきます」

「いってらっしゃい、私も品出し行ってきます」

 去り行く山本を星野を順に見やった後、杉本はレジの担当者番号を自分のものである従業員:1に切り替えた。

 一人でレジ担当は勿論退屈で、杉本はPOPづくりや備品・新刊発注で時間を凌いでいた。何か奇想天外な事でも起きないかな……と想像したその時だった。

「スミマセン……」

 黒淵のレンズの大きい眼鏡をかけた観光客と思しき男が、大画面のスマートフォンに日本製高級オナホールの画像を表示し、杉本に提示した。恐らくコレが欲しい、という意味である。

「Sorry, This item is out stock now」

 なんとか簡単な英語でコミュニケーションを取ろうとするも、観光客に英語の教養は無かったようで、杉本は大いに焦りつつ、テーブル下のファイルを取り出した。

「フィアン・テン・ウー・ショー(只今在庫を切らしております)」

 杉本がたどたどしく星野から支給されたマニュアル通りの中国語を読み上げると、客はしげしげと杉本の顔を見た後、現在の状況を理解して大いに笑い始めたかと思いきや、胸ポケットからスマートフォンを取り出し、軽く操作した後、杉本に対してニヤつきながら提示した画面はGoogle翻訳で、『你的中文说得很糟糕――君の中国語はドブみたいだ』と書いてあった。
明らかに煽られているのを知り苛立つ杉本を、丁度品出しから戻って来た山本は片手で静止した。

「何があったんですか?」

「また中国人観光客が来たんだけど、僕には対応しきれなくて……星野くん、戻ってこないかなぁ」

「大丈夫です、私が居ます」

 そういって山本は、にやけたような顔つきをした中国人観光客の耳元に顔を寄せ、囁き始めた。

「郷入郷従要。我鳥取出身、現大田区在住。地域最適化大変苦労、然適用完了。人生苦痛多有。我想故我有。然此処成人向玩具販売店。故君最優秀淫者受賞、淫者界芥川賞作家。村上春樹君摸。我同。実、我元淫行女優。我数多成人向映像出演済。冥土物、時間停止物、魔法鏡物、強引淫行物、聖夜物、魏屋琉物、学園物、絶倫物等……。中、我気入物多数有。時間停止物。時間停止物九割嘘。故我嘘作出演。体制苦、故出演前我多量筋肉育成、結果、苦体制変化快楽。苦、快楽可変。後、我、男優、勝、強度。男優叫『唖唖……強女、我好……君運命強感……我欲君恋人……』我恐怖、男優首。勿論、我悪人時期有。高校時代、野球部主将共倉庫中性交。彼非彼氏。彼非元彼氏。彼当時彼女有、非私。背徳感増増。然彼下手。当前。互童貞処女。

故、中年持中年唯一魅力。中年男性匂刺激性欲。決、我非異常性癖者。然、中年女性所持乳房、勝若年女性所持乳房。若年女性、強張故、揺幅極小。然、中年女性乳房、揺幅大。人間皆、動物好。故、強揺勝趣向。結論、中年女性乳房、勝物無。

 話変、我昨日朝猫拾。尋常無可愛。然我在住集合住宅犬猫不可。我非常悲。然我猫不可放置、何故心痛。集合住宅所有者複数回交渉、間友人宅保管。末、庭唯一飼育許可降。我一年一番悦。猫連帰宅、即撫撫。餌遣。心癒。治癒精神的苦痛、店長厳。然店長実、優男。否定勘違。

 星野此処戻。星野全裸待機。星野大変巨根故我性交希望。

 星野、即座脱衣下着。我星野乳首弄。撫撫揉揉吸吸。星野吐息漏……嗚呼……嗚呼……。

 星野赤子如我乳房吸引。掃除機如。下手、故可愛。然、淫靡。淫乱女雰囲気出。君我慢不可?我我慢不可同。

 焦、焦、焦……嗚呼挿入……春夜夢如……嗚呼……精神的快楽、肉体的快楽……観自在菩薩……般若波羅蜜多……南無妙法蓮華経……祈祷精液……我我慢不可、不可、不可……




 
『絶頂』

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