Lrrr1109

散文など諸々に

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十代の手稿より 詩1

彼の地より至る夢の跡 その不安に恐れ 惑う指先は 硝子繊維の心に触れて 信じる息吹はあるのかと 光は期待と予感を越えて 命の証は傷めた心 誠実な優しさが 暖かみなく空に満ち すべての星が天より嘯く 「肯うあなたが視たいのだ」 だが水と狎れれば 嗤い声など届くまい 濃密な生の海に深く 信じる瞳は降りて行く 泥に塗れた襤褸(ぼろ)靴に 吐き掛けられた唾だけが 心に適う信仰だ 見上げる微かな月明かり 捻られ拉げた脳髄より 息を吸おうと未来が溢れ さあ 無垢な未知よ 我が

    •  勿論、大粒の雨が降っていると蛍は飛べない。だが、煌々と明るい月夜にも、あまり飛ばない。今日の様な梅雨の合間、今にも霧が雨に変わりそうな二十時から二十一時の一時間だけ、蛍は飛ぶ。  そんな晩には、小川の木陰は、ほんとうの闇になる。蛍はその暗がりを灯す。小川に枝葉を擡げる樹々に、あるものは低く、あるものは高く。あるものは寄り添う様に、あるものは諍い縺れ合って。あるものは独り、山の中に迷い込む。葉に留まり、身じろぎもせず明滅を続けるもの。空の恒星と見紛う程に光り続けるもの。一度消

      • 恋をしなかった恋のこと

        部屋の整理をしていて、一年と少し前に貰った、別れ際に渡された手紙を処分した。 ごみ箱に捨てるのも、破くのも忍びなく、煙草を吸いながらベランダで燃やした。 ——— なんとなしに付き合った子だった。 恋をしてたかと訊かれれば、きちんとは肯けない。 多分人生で、最も恋心を抱かなかった恋人だった。 だからかも知れない。不思議な程に長く関係が続いた。 ——— 理論的な、いわゆる理系的な、とても聡明な子だった。それを自負もしていた。そして僕のことを過大評価していた。 「初めて自分

        • 『最後のユニコーン』書評

          “この世に絶対的な真実があるとすれば、それは「美しさ」だ。” このことを、少なくとも僕はまだ反駁できていない。 「美しさ」は決して疑義を抱かれることはない。 例えば、とある対象の「美しさ」が議論される時、「美しさ」そのものの質は問われない。 感情に任せて暴力的に呪詛を吐き掛けても、「美しさ」は決して否定されない。 「美しさ」を分解しようとして、物理的整合性や観念を論じても、「美しさ」はそこからするりと抜けて、「ひとつ高いところ」に留まりこちらに微笑む。 「優雅」「美徳」

        十代の手稿より 詩1

          埃さえ舞わなくなった踊り場で

          埃さえ舞わなくなった踊り場で 一輪挿しの老華は帰りを待ち侘びる くすぐったい蜂の吐息 雲より柔らかな翅虫の脚 夜露の愛撫は細く々く 「歳を経るとは乾くこと」 砂になった背骨は撓み 皺だらけの最後の花弁が 煙草の灰の湖に 音なく雪を燻らせた

          埃さえ舞わなくなった踊り場で

          『街から』

          五月が渡る午前四時 雨は 雲に透かされた陽光を纏い 限りない碧の薄さに 街を沈める その底で 家々は虚ろに 揺らめきながら 沈黙を続け 窓の隙間から漏れた 煙草の靄は 雨樋あたりで雲になり 遠くに響く 自動車の唸り 鯨のいびき 打ち寄せる漣 排水溝の流れ 総て此処では同じこと 碧に沈んだ街のこと

          『街から』

          「甘み」

          てららかな生肉の脂肪 刺身の幽かな血の薫り 気管に流れ込んだ海水 戸棚で旧くなった茶の渋み 眠れぬ夜の痰 苦労せずに手に入れた御馳走 膝をつく程の悔恨

          「甘み」

          4/4

          あの日、彼女は白く死んだ。 何が彼にそう感じさせたかは分からない。 彼女が死装束として選んだ純白のワンピースか。 血を喪った頬の恐ろしい蒼白か。 窓辺の縁に海の漣が織っていた、朧げな白波だろうか。 或いは、遥か後方に聳えた入道雲の、圧倒的な白さのせいだろうか。 何故かは分からない。彼女は白く死んだ。ただ彼はそう感じた。 彼女の両親の意向で、親族のみで執り行われた葬式は静かなものだった。 顎の辺りで切り揃えられた黒髪が整えた死化粧。 筋が弛緩し、限りなく薄い皮膚は骸骨の気配