「Winning Alone」を読んで学んだこと!

■本レポートの抜粋

競技に人生をかけ、己れの身体の能力を極限にまで高め、競技で勝利を掴もうとするアスリートがいます。一流のレベルにまでなると、母数が少ないために効果的なトレーニングについて有効なデータを取ることもままなりません。彼らがさらにパフォーマンスを向上させるためには、自ら試行錯誤を繰り返すしかないといいます。本書は、陸上競技、400メートルハードルで銅メダルを獲得した著者の為末大氏の現役時代の試行錯誤の記録です。

著者が「後悔録」のつもりで書き始めたという本書には、あまり表に出ることのないアスリートのネガティブな感情までもが克明に描き出されています。それと同時に、競技に人生をかけるということがどういうことなのか、その孤独な戦いの片鱗を垣間見ることができます。

本書での著者は、あくまで選手が頂点を目指すということについて論じ、そしてその孤独に本書を通じて寄り添おうとしています。しかし、アスリートでない人にとっても、自分を知ること、自分の心を守ること、創造性を持って主体的に楽しむことの重要さについて、共感せずにはいられないでしょう。競技という特殊な環境でのパフォーマンスについて徹底的に考えたからこそ、本書のメッセージはかえって他の場所でも応用可能な普遍性を手に入れているのかもしれません。アスリートに関わる人だけでなく、ビジネスアスリートを目指す人にとっても重要な一切といえます。

ーーー書籍情報ーーーーーーーー

■著書名:Winning Alone

■著者名:為末大

ーーーーーーーーーーーーーーー

■「当たり前の」のレベルを引き上げる

選手のパフォーマンスには、所属する団体、ライバルなどの周囲の環境が与える影響も大きいく、ビジネスでいえば、会社や所属部署、業界によってもかわっていくでしょう。個人が頂点を目指すという視点に立った場合、所属する集団の視座の高低を気にしなければならないといいます。視座が低い集団は、低成長状態でも人を安心させ居場所を作ってしまいます。視座が高い集団は、「当たり前」のレベルが高く、いつしか自分の「当たり前」のレベルも引き上げられていくといいます。人は一緒にいる人に影響されていくものだから、自分がこうなりたいと思う人がいる集団を選べばよいもしくは、自分でその環境をつくるべきなのです。

ライバルは付き合い方を間違えなければ、モチベーションになり、自分の限界を引き上げてくれる存在です。著者も、ライバルの存在なくしてメダルは獲得できなかったと振り返っています。しかし、ライバルの存在を意識しすぎると、自分のやるべきことを見失ってしまうことがあるといいます。一番大切なのは自分のやるべきことに集中することであり、ライバルは自分にとってただの風景に過ぎないことを忘れてはならないのです。

■自分で自分のコーチになる

人間は、自分のできないことをやすやすとこなしている憧れの存在をロールモデルに設定し、そうなりたいと努力をします。ロールモデルがいるとやる気が出るが、人は自分の苦手分野が得意な人に憧れやすいというところに落とし穴があります。自分の技能が高まってくると、弱みを磨いても人を凌駕するほどにはなれません。どこかの段階で憧れの選手に近づこうとするのではなく、自分本来の特徴を活かすためにどうしたらよいかに集中する必要があります。

著者はコーチをつけないという選択をしたため、自分の姿を客観的に把握し、新しい情報を取り入れるために「質問」を効果的に活用していたといいます。他人に質問して答えてもらうことは、思考を外部に委託しているようなものです。相手の言葉を受け入れ、自分が変わることを厭わない質問は、自分を成長させ、ひいては答えてくれる他者をも成長させてくれるものになります。それこそがコーチのいない選手に与えられた武器なのだといいます。

■試行錯誤で得る「自らの身体で遊ぶ喜び」

短所と特徴の違いは分かりづらい。男子陸上で驚異的な記録を持っているマイケル・ジョンソンの独特の立ち上がったようなフォームを例にとっても、欠点として指摘したコーチもいれば、特徴としてそのままにしたコーチもいたといいます。成功した後は特徴にすぎなくとも、成功する前は短所に見えていたかもしれない。

これはビジネスシーンにもいえ気づいたら方にはめたくなってしまうケースもあるでしょう。特に自分がそのように育ってきたのであればそういうものだとつい思いがちなのです。

選手が自分の技術について意識をし始めた結果、スランプに陥ることがあります。著者はこれを「考え始めの谷」と呼んでいます。人は意識を外に向けることに慣れていても、内に向けて体を制御することには慣れていません。アスリートは幼少期から、技術を向上させるために外で起きている出来事に自分の身体を合わせていくモデルで育っています。しかし、技術を向上させるために、自分の意識を外部から自分の身体に向けなければならないフェーズが来ます。それまで無意識にやっていたことを意識してやることは難しい。そのプロセスに入ると、考え始めの谷にはまり、スランプ状態になることがあるといいます。

一度考え始めの谷にはまってしまったら、もう考えなくなることは難しいといいます。抜けるためには考え抜くしかなく、場合によっては数年の年月がかかるかもしれないが、試行錯誤の結果得られるのは何ものにも代えがたい「自らの身体で遊ぶ喜び」だといいます。

■混沌の中でこそ人は成長する

長く競技をやっていれば必ずピンチの瞬間がやってきます。著者のピンチは、五輪出場がかかった2008年の日本選手権の直前、二度の怪我というかたちで訪れた。なぜ怪我をしたのは自分なのか、ライバルも怪我をしてくれないか、メンツを保てる負け方はないか。そんな暗い気持ちを抱えてしまうこともあったといいます。しかし、あるとき自分はコントロールできないことを考え、悩んでいるのではないかと思い至ったといいます。それからは、目の前の自分のやれることを準備することに没頭できたといいます。

常に試合で良い結果を出し続けることは難しく敗北後に、どう内省し整理するかがその後の競技人生を決めます。敗因を分析し、それを引き起こしたさらなる原因を探り、根本的な問題を探ります。そして、見つかった課題に対して具体的かつ端的な対策を立てます。自分を知る絶好の機会であり、学習機会でもある敗北から、何を学んだのかを自らに問い、学習効果を最大にしなければなりません。

問題があるわけではないが成長が止まる、そんな停滞状態に陥ることもあります。大きく分ければ、選手やチームの状態は、混沌と秩序に分けられるといいます。人は混沌から秩序へ向かおうとするときに成長します。トレーニング効率で言えば秩序があった方が良いが、人が想像力を発揮し、成長が最大化するのは混沌状態のときです。停滞を打破するためには、自分自身を混沌状態に戻す「揺さぶり」が必要となります。苦しい混沌の中にあってこそ、人は爆発的に成長するのです。

■「楽しむ」は長期的勝利のための戦略だ

著者の競技哲学の根底には、楽しむことがあるといいます。観察し、仮説をたて、実行し、検証する。この通常の上達プロセスを、主体性を持って行うのが著者にとっての「楽しむ」という行為です。楽しいときには主体性があり、余白があり、遊びや自由があります。楽しめなければ成長できないし、心が常に抑圧された状態になり、いつか跳ね返って害をなすといいます。楽しむという究極の主体的な行為は長期的に勝つために有効な戦い方です。そしてそれは、自分を信じ、本来の自分を解放することでもあるのです。

大きな犠牲を払いながら目標を達成した後や、強い重圧を受けたとき、燃え尽き症候群になることがあります。燃え尽きてしまう状況はそれぞれだが、燃え尽きる人間には「自分を知らない」という共通点があります。燃え尽きないためには、自分の心の体力がどの程度かを知り、常に自分の心を観察する必要があります。

燃え尽き症候群になった場合は、競技から距離を置き、何も目指さないことに尽きます。すべての選手の心は、それほど強くない。だから、どんな選手でも、自分の心をよく観察し、守れるようになるべきです。

■休養も怪我の時期も、すべては強くなるために

著者は、人生で何度かあるチャンスで力を出すためだけに練習も休みも存在すると考えています。初心者は、持っている筋力を十分に発揮するだけの技術がないため、一回のトレーニングで身体にかけられる負荷が小さくなります。このような場合、練習量を増やさざるを得ないのです。ビジネスシーン例えば、営業であればひたすら、顧客の前で提案をする電話をかける、飛び込むなど、経験値を積むことで自信へとつなげることができます。熟練者は短時間で強い負荷を身体にかけられるようになる一方で、準備がより重要になってきます。ある程度より上のレベルでは、自分の限界を超えるような負荷をかけなければさらにレベルを上げることができません。そのような負荷をかけるためには、体調を整える必要があり、休み方の技術も必要になります。

■フェーズで選ぶ、質と量

「時間あたりの負荷が強く練習時間が短いこと」を質、「時間当たりの負荷が弱く練習時間が長いこと」を量と定義して、練習の質と量について考えてみましょう。中学生や高校生は、技術的に未熟なので強くなるには量に頼らざるを得ないといいます。教育上の目的で、身体的に精神的に負荷がかかることを継続することが重要な場合も、量が重視されます。一方で、大人になり競技人生の後半になると、質を上げて時間あたりの負荷を高めなければなりません。学生時代の量で追い込む癖が抜けなければ、伸び止まったり、関節が摩耗して引退が早まったりするといいます。量と質はどちらがよいという問題ではなく、フェーズによって使い分けることが重要なのです。

目標設定の質の向上は、競技力向上を後押ししてくれます。目標は達成できれば勝利条件に近づくように設定されなけれなりません。当たり前のようでいて、目標が本来目指すべき勝利条件とずれていることは往々にしてあるものです。目標設定には、ターゲットとしての目標と、そのくらいの意気込みでやるという願望としての目標があります。ターゲット目標は具体的に達成を目指しているものなので、できない場合は必ず原因を考えなければなりません。願望としての目標は、達成できなくとも目標が高すぎたということにしかなりません。良い目標は、勝利条件との間に置かれた、ちょうど良い距離感で引っ張ってそこに向かう力を生み出してくれる、磁石のような存在なのです。

■今後やること


1)当たり前のレベルの引き上げ

環境に大きく左右されると、本書では言っていますがこの環境事態自分で作っていかないといけないと思いました。特に自分自身で自分を律することそして、必要な情報を自分で分析して試行錯誤を繰り返しながらレベルを上げる必要があります。

特に、レベルを上げなければいけない部分に関しては、1回の打ち合わせの質の部分になります。複数回でまとめるということは、時間の工数が2倍、3倍とかかりますので、その1回の質を上げるには何が重要なのかを試行錯誤の中で見つけていきます。

2)質と量

まだまだ、量でどうにかしようとしています。本書でいえば、アスリートがそれでは、けがをしてそれが原因で引退もあるとかいてあります。

意識の中に、量をやっていないと納得できないや、周りから見たときになど余計な固定概念が働いているので、初めてチャレンジするものや足らないものは量で経験をつみ、ある程度成果、と経験があるものは質の向上を意識して、効果性を上げていきます。