教皇ベネディクト十六世『女性の神秘家・教会博士』(ペトロ文庫、2011年)を読んで。

 本書『女性の神秘家・教会博士』はベネディクト16世の信仰の遺産を確かめる連続講話の最後を飾る本である。『使徒』において教会の起源を確かめ、『教父』において使徒信条が形作られる過程を追い、『中世の神学者』においてスコラ哲学の精華を提示し、本書においてはそれまで章立てては取り上げられなかった女性に特にスポットを当てている。本書は単にそれまで扱われることがなかったから扱うというような通り一遍のものではなく、それまでの講話集がそうであったように、実に生き生きと信仰の遺産を確かめさせる内容となっている。
 本書の前半「女性の神秘家」おいて取り上げられる人々にはアシジの聖クララやシエナの聖カタリナが含まれている。それまでの講話集で扱われた神学者たちは互いの討論の積み重ねに彩られて神学的見解が提示されていたのに対して、フランシスコ会とドミニコ会を代表する二人の霊性は、むしろその生きざまにまざまざと現れていることを本書は伝えてくれる。後半部を成す「教会博士」においてもほぼ半数が女性の神学者たちであるのも印象的である。劈頭を飾るのはアビラの聖テレサであり、それから十字架の聖ヨハネ、聖フランソワ・ド・サル、リジューの聖テレーズなどが取り上げられていくのである。その様子は、前半部でノリッジのジュリアンが含まれていることからも、さながらカトリック神秘思想史である。
 中世哲学を学ぶときに女性の思想家が注目されることはまれなのだが、本書はその間隙を絶妙に埋めるように豊かな霊性の水脈を読者に提示している。思想において男性の神学者たちが作り上げていった神学をそれぞれの仕方で実践してその霊性を深めていく様子が生き生きと伝わってくるのである。アビラの聖テレサと十字架の聖ヨハネの霊的な交流はその著作からも知られるが、霊性の大きな巌である二人の残したものを受け留めるための手掛かりが親しみやすい形で提示されている。
 現代の霊性を考えるうえでリジューの聖テレーズの影響は大テレサに優るとも劣らない。私たちの日々の生活の中でイエスとどのように出会っていくかを示す彼女の生涯は多くの人の生きる道を照らしてきた。そのイエスとの出会いに彩られた生涯を通して、彼女は聖性が如何なるものであるかを私たちに体現し、その聖性をありありと感じさせてくれるのである。
 本書は中世から現代へと続くカトリック神秘思想の実践者たちの姿を提示し、それまでの三冊とは違った仕方で信仰の遺産を確かめさせてくれる本なのである。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?