山田恵子『ニューエクスプレス+ 古典ヘブライ語』(白水社、2019年)について。

 聖書を原語で読みたい。そう思う人も中にはいるかもしれないが、新約聖書は古典ギリシア語で書かれており、旧約聖書は古典ヘブライ語で書かれているとなれば気の遠くなるような気分になるかもしれない。筆者は大学に入って、初級の手ほどきを受けた程度なのでそれほど詳しいことは書けないが現段階で最初の入り口としてお勧めしたい聖書ヘブライ語の教材は『ニューエクスプレス+ 古典ヘブライ語』である。
 ギリシア語であれば何となくローマ字に慣れていることもあり、文字に慣れることは容易であろう。しかしヘブライ語となると話は別である。まず、文字が右から左に書かれる。そして、学ぼうとして、どのように読むのかがわからず途方に暮れるという経験をした読者も中にはいるかもしれない。ヘブライ語を学習する際のハードルはまず音読できるようになることであろう。ヘブライ語の音と文字との関係を頭の中で整理しながら、耳で聞いて目で追える段階に持っていくことが必要とされる。そこまで辿り着ければ好みの聖書箇所のヘブライ語の朗読を聞き、耳を慣らしながら勉強が進められるようになるかもしれない。しかし「そこまで」が大変な道のりなのである。
 ヘブライ語の読み方については文字で学ぼうとすると非常に難しいのだが、声に出しながら学ぶより外はない。本書ニューエクスプレスは日本語で書かれた唯一の音声教材付きの教科書であり、現代ヘブライ語読みである注記はされているものの、まずは言葉に慣れていく上でこれほど助けになるものはないであろう。音声教材はCDとAudiobook.jpのアプリとで聞くことができ、移動時間などを利用して聞き流すことができる。正直耳が開かれていくまでに多少の時間を必要とするので、繰り返し聞いて文字で確認することが一見回り道のようではあるものの近道であると思う。(英語が多少読める読者にはダン・コーン=シャーボックの『聖書ヘブライ語入門』を勧めたい。こちらは音声教材はないもののすっきりとした説明でヘブライ語の読みの体系が口を動かしながら理解することができる。)
 ニューエクスプレスの叙述は噛んで含めるような文章でもなく、最初から学ぼうとするとどちらかと言えば唐突に受け留められてしまう説明文で書かれている。ただ、ある程度興味を持って聖書ヘブライ語に取り組もうとする読者にとっては「ああ、そういうことなのか」と膝を打つ内容ばかりなので聖書ヘブライ語を学ぼうとする人が知っておくべき内容を意識的に盛り込んでいる本であることが分かる。文法的に詳しい説明を求める向きには先に紹介したコーン=シャーボックの入門書、あるいは小脇光男『聖書ヘブライ語文法』を勧めたい。聖書ヘブライ語文法の全体像は、もちろん細かいことを含めれば膨大な知識が必要とされるのであろうけれども、言葉の並び方や単語同士の掛かり方などはある程度まとまった分量にまとまることが小脇氏のヘブライ語入門からは伺える。それ以上のことを知ろうとすればエクスプレスの参考文献にも挙げられているジュオン=村岡を紐解く必要があろう。ここまで聖書ヘブライ語文法の大まかな枠組みについて書いたのは、実はエクスプレスには文法の全体像をまとめているページがあるからである。それは巻末の「文法補遺」である。聖書ヘブライ語の動詞のしくみについて見開き2ページでまとめたもので、それ以降に変化表を含めた重要事項の説明が続いていく。学習者は本書の叙述のつれなさにがっかりする前にまずここを読んでほしい。ここを読んで何となく文法的な全体像を頭の片隅に置きながら、音声教材を聴きながら説明を読んでいくと少しずつ理解が深まっていくであろう。
 ニューエクスプレスは音声教材を聴くだけでも馴染みの聖書箇所に触れることができ、頻出単語を耳で覚えることができる。創世記の冒頭や、出エジプト記3章14節の在りて在る者の箇所、それから詩篇22篇などの朗読を含む音声教材は旧約聖書に興味を持つ読者であればぜひとも覚えたい箇所が満載である。

 筆者がヘブライ語の初級の手ほどきを受けたときは小脇氏の教科書を先生がコピーして配っていた。2013年に改訂版が刊行されて書籍の形で手に入れて学べる現在の読者はうらやましい限りである。そして本書エクスプレスも当時は刊行されていなかったので、耳で覚えることのできる教材があることもうらやましい限りである。独習者にとってはエクスプレスで文字と読みに慣れ、文法的なことを小脇氏の教科書で確認していくというのがぜひとも進めたい学習順である。コーン=シャーボックの入門書は大学を卒業してから出会った本なのだが、平易な叙述で頭の中が整理されていくのでお勧めである。ニューエクスプレス以外のことも多少踏み込んで書いたが、聖書ヘブライ語学習の参考になれば何よりである。ぜひとも書店などで確認していただければ幸いである。


ニューエクスプレス以外の本の詳細リンクも以下に記します。

小脇氏の『聖書ヘブライ語文法』はキリスト教書店で見ることができると思いますし、以下の版元のサイトから送料無料で購入することができます。

洋書は価格が高騰しており、Book Depositoryなども撤退してしまった模様でなかなか適正価格で手に入れられるかはわかりませんが、参考までにアマゾンのリンクを貼ります。


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