アンドレ・モロワ『初めに行動があった』(岩波新書、1967年)を読んで。

 初めに行動があった。この本に書かれていることのすべてはこの一語に集約される。私たちは日々何かの行動の積み重ねによって自らを形作っている。その一つ一つの行動の基点、射程、そして影響を考えさせる小さな一冊である。その締めくくりに本書の書名「初めに行動があった」という言葉が出てくるのであるが、もう一つ印象的な言葉が最後に記されている。それは「魂の喜びは行動にあり。」The soul’s joy lies in doing.というリヨテイ元帥が指環に刻印していたというシェリの言葉である。この言葉は評者にとって大切な言葉の一つである。この言葉は行動そのものの絶えざる喜びを描く言葉ではあるが、行動の喜びがどこにあるのかを考えさせる言葉でもある。魂の喜び、その喜びの一つひとつがその人を形作るとも言えるのではないだろうか。
 私たちは日々何らかの行動(ないし行為action)を積み重ねて生きている。日々は私たちがどのような行為を選択するかには常に判断が伴う。その判断力への問いかけが本書の目的とするところであり、その洞察に基づいた行為を読者に促しているのである。著者はアラン伝をも著しているアランの生徒である。アランは常に行動の人であった。それは本書でも語られているのであるが、本書の特徴は何といってもそこここに散りばめられた古典的著作からの引用にあろう。省察に富む小さな章の一つひとつに経験し得る出来事そのものを凝縮させていくその言葉は、ある時代の教養ある書き手の知性を感じさせるものである。私たちが日々生きる支えとなる言葉や思想がどんな本に書かれているのかを示唆する本書は、実践のアラン哲学といえる内容を携えている。
 本書の訳文は日本語で書かれた本であるのかと思うほどの美しい文章で書かれているのだが、それ以上に驚かされることは原著が出版されてからわずか一年で本訳書が刊行されていることである。解説にも書かれているようにモロワ晩年の魂のこもったこの一冊の小さな本は若い人に向けて著者のすべてを注いだような本であると同時に、著者モロワが受け留めたアラン哲学の実践であることを伺わせる。ところどころに散りばめられた洞察には、今を生きる私たちの現状を予見するような鋭い観察が多々含まれており、評者にとっては背筋が伸びる思いがした。繰り返し手に取る、自らの生き方を問いかけてくる、羅針盤となる一冊の本である。


(長らく品切れが続いているので再版が望まれますが、美本が中古市場でも出ていたりします。版数が多い最近の刊行のものであればそれほど状態の悪いものは含まれていない印象ですが、昔の版もそれはそれで活版印刷のきれいな製本のものと出会えるかもしれません。古本屋の店頭で見かけることもあるかもしれませんが、アマゾンや楽天のリサイクルショップで美本が手に入れられることもあります。ご検討ください。)

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