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好きなアルバムその4 『フジファブリック』

 今回選んだのは、フジファブリックが2004年に発表したメジャー1stアルバム『フジファブリック』。

 自分の中でアーティストの旬があって、毎年度誰かの音楽を異常なまでに聴くけれど、2023年度は間違いなくフジファブリックの年だった(ちなみに2020年はandymori、2021年はカネコアヤノ、2022年は青葉市子の年だった)。コロナにかかってしまい、家の中で死にそうになっていた昨年の秋に出会って、以来毎日最低一回は志村正彦の声を聴くようにしている。多分フジファブリックを聴いていたからコロナが治ったし、もし聴かなくなったら免疫力落ちてまたコロナにかかる気がする。聴くヤクルト1000って感じかね。

 三個前の文で「出会って」と書いたけど、厳密に言えば既に出会っている。大名曲「若者のすべて」は勿論知っているし、この『フジファブリック』も一度聴いたことはある。しかし、以前は気に入らなかったようで、当時つけていたアルバムの感想メモには一言、「全然ダメ」とだけ書かれていた。我ながら酷い感想だ。でも期待していた分ガッカリしたのは確かで、数年間フジファブリックには興味を持たずに生きてきた。それが不思議なことに、あんなに良さが分からなかったのに、否定しようもないほど好きになってしまった。やっぱり聴くタイミングってのは大事だ。


 

M1. 桜の季節<Album Ver.> ★★★★☆

  デビューシングルの再録。いわゆる「春盤」。音がスッキリしたのと、二回目のサビ前のロングトーンの粘りが長くなってるのでこっちの方が好き。デビュー曲にして曲の構成が凄いなと思って、

Aメロ→サビ→Aメロ→Bメロ→Cメロ→サビ→Aメロ

みたいな構成でしょ。しかも間奏が多くて長い。かなり攻めてるよなあ。しかも「春」をテーマにしたデビュー曲なら開放感のある、始まりに相応しい曲を普通もってくると思うけど、全然違う。じゃあ悲しい別れの歌かと言うと、それもちょっと違う。暗くも明るくもない不思議な空気感で、桜散る情景は浮かぶけどそれは少しくすんだような色彩。この世界観こそ個性だと思うし、何より別れに対して"やるせない"と表現するのが独自というか、志村正彦らしいなと。劇的な感情ではなく、あるけど無い、みたいな空疎で曖昧な感情。行動も詳細には描写されていない。町へ足を運んだのか、手紙を送ったのか分からないし、肝心の決心も謎である。でもなんか、"読み返しては感動している!"、って一人で満足してる感じがするよなあ…。
 PVも良くて、というか「四季盤」のPVはどれも素晴らしいけど、一番好きかもしれない。テスト中の回想って設定は曲の本質を捉えていると思うし、色味もピッタリ。教室で演奏する五人の佇まいが、如何にも文系バンド!って感じでカッコいい。


M2. TAIFU ★★★☆☆

 "台風"でいいのにわざわざローマ字表記にするのがヘンテコで好きだ。台風到来!って感じでジャーンと勢いよく始まるのがカッコいいし、キーボードがキモくて最高。とあるnoteで「躁病的シンセワーク」と表現されていて、それだ!となった。"感情の赴いたままにどうなってしまってもいいさ"という歌詞がロックだねえ。


M3. 陽炎 ★★★★★

 いわゆる「夏盤」。最初そこまで好きではなかったけど、じわじわと良さを知って、今では五本の指に入るくらい好き。遠い日のあの人を想う中で浮かぶ情景。雨が降り、止む、そして陽炎が立つ。あまりに的確で美しい描写に惚れ惚れするし、ロックンロールの疾走感の中でそれが最大限に表現されているとことに、志村正彦の才能を感じる。しっとりした味わいのあるアコースティックバージョンも好きだが、やはりロックな原曲のバージョンの方が圧倒的に好き。なんといってもキーボード!全体を通してキーボードが効きまくっている。ライブで「キーボード金澤!」という紹介が入るのが定番だが、うん、キーボードがこの曲の主役といっても差し支えないと思う。


M4. 追ってけ 追ってけ ★★★★☆

 変な曲。一聴した人の感想はもれなくこうだと思う。僕も数年前にこのアルバムを初めて聴いたときはその感想で、しかし、唯一お気に入りの曲に入れていたのもまたこの曲だった。和風のサイケって感じかな、ジャキジャキ歯切れのよいギターと、奇妙なキーボード。改めて聴くと音作りとかギターの小細工とかドラムのアレンジがあまりにヘンテコで、その徹底されたヘンテコさがこの曲及びフジファブリックを唯一無二のものにしていると思う。
 インディーズ時代のミニアルバム『アラモード』に既に収録しているのに、わざわざ編曲しなおしているくらいだし、余程志村正彦のお気に入りだったのだろう。フジファブリックの"表"の重要曲が茜色の夕日であるならば、"裏"はこの追ってけ追ってけなんだと思う。


M5. 打ち上げ花火 ★★★★★

 あまりにかっこいい。この日本的で、妖しげな世界観を打ち出せるの、本当に稀有な才能だと思う。歌詞は面白いんだけどよくわからなくて、あくまで曲の世界観の一部という感じ。演奏こそがこの曲の醍醐味。静と動のコントラストによる緊張感が抜群で、聴けば聴くほど沼に沈んでいく。ギターのハモる感じとか暴力的なドラミングとか、もはやプログレみたいな趣きがある(プログレ全然知らんので詳しいこと言えないんですが…)。演奏は極めて洋楽っぽいのに、音像とか詩世界によって純和風な打ち上げ花火の曲になっている、それも恋愛の匂いが全くしない、独自の。
 Youtubeに野音のライブ映像があがっているけど、あれは観ないと人生損するやつ。この世の数ある奇跡の一つだと思う。思う、じゃないな、奇跡に違いない。奇跡でしかない。はやくDVD買わないと。


M6. TOKYO MIDNIGHT ★★★☆☆

 アルバムの流れでは最高の曲だけど、曲単体ではそんなに聴かないかな。この曲も、曲の展開に自分のイメージするところのプログレっぽさ、みたいなものを感じる。最初から演奏がかっこよくて、ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッというダイナミズムに全振りのドラムとそれに呼応するキーボード、じゅわーんとしたギター、低く唸るベース、不気味なボーカル&コーラス。突然速度を得てパヤパヤ~♪とか言い出したと思ったら、静まり浮遊感のあるゾーンに突入、そして緻密で性急な演奏が始まり、再び最初のパートに戻る。すごい曲なんだけど、あまりに演奏が複雑で情報量が多いので、散歩する時にシャッフル再生で流れると飛ばしてしまう、すみません…。


M7. 花 ★★★★☆

 演奏の熱量、パワーがすごい曲が続いた後にシンプルなこの曲を置くのが素晴らしい采配。本当に名曲で、志村正彦の繊細さがよく表れている。花と人間を重ね合わせている歌詞で、言ってしまえば割とよくある比喩ではあるけど、「つぼみ開こうか迷う花」って表現が人間臭くて、あるいは志村臭くていい。花のつぼみに、君との関係、自分の踏み出せなさ、人生の儚さを見出す感性がすごい、切なすぎてなんも言えん。メロディーも本当にきれい。


M8. サボテンレコード ★★★★☆

 変な曲その2。変な曲なんだけど、かなり爽快なサビを持っているのが、追ってけ追ってけとの違い。あいつはただのヘンテコ。この曲はビートルズっぽいなと個人的には思っていて、コーラスなんかは結構モロにそれな気がする。アウトロのギターソロが素晴らしい。
 歌詞も面白くて、サボテンとレコードを持ってあなたを連れ出す!ってのが、カッコいいんだかカッコ悪いんだかわからなくて、でもその独特の感性をもつ志村正彦が大好きだ、結婚してくれ、、、
あと、Spotifyでこの曲が再生回数5位ぐらいなのが謎で、独自に調査を始めた。Youubeにあるこの曲の動画のコメ欄に海外からのコメントが目立つ。そこに林立する"Nanami"の文字。そして判明、漫画『呪術廻戦』のキャラ、七海建人さんのイメージソングらしい。ちょっと読んだことあるからわかる、定時に終わらせたい人だ。あの人カッコいいよね、と思ったら、もう一つのイメージソングがゆら帝ということで、イカしてるなあ~。


M9. 赤黄色の金木犀 ★★★★★★★★★★

  。。。あまりに好きすぎて、何から書けばいいかわからない、とにかくフジファブリックで一番好きな曲で、たぶんSpotifyで一番再生している曲だし、Youtubeで一番見ているPVだし、下手したら22年の人生で一番好きな曲かもしれない。音についても歌詞についても、秋の切り取り方、描写が卓越しているし、そこに一人の人間の苦悩の込められていて、胸が締めつけられる。
 まずイントロが素晴らしい。ひらひら落葉していくような綺麗なアルペジオ。ジャーンと吹き抜ける風のようなギター。

もしも 過ぎ去りしあなたに すべて 伝えられるのならば
それは 叶えられないとしても 心の中 準備をしていた

冷夏が続いたせいか今年は なんだか時が進むのが早い
僕は残りの月にすることを 決めて歩くスピードを上げた

フジファブリック「赤黄色の金木犀」より

 Aメロ。去ってしまった"あなた"への後悔が描かれる。"過ぎ去りし"なので、"あなた"には伝えられなかった、ということ。この"伝える"というのが、志村正彦の作詞上のキーワードだと思う。伝えたい、でも伝えられない、みたいな逡巡が志村正彦の一つの苦悩だったのかもしれない。
 そして季節も過ぎる。ここで"なんだか"というのが、ぼんやり呟いた独り言のようで良い。そして主人公が歩みを力強く進めると同時に曲のテンポも上がり、サビに突入する。

赤黄色の金木犀の香りがして たまらなくなって
何故か無駄に胸が騒いでしまう帰り道

フジファブリック「赤黄色の金木犀」より

 このサビの歌詞が本当に好きで仕方ない。"たまらなくなって"とか、"何故か"とか、ものすごく曖昧な表現で、でもその言葉でしか表現できない微妙な感情があるよなあと思う。秋の、心に何かしこりが残ったような、胸がざわつくような感情が、志村正彦の飾り気のない真っすぐな歌声だからこそ切実に浮かび上がる。

期待はずれな程 感傷的にはなりきれず
目を閉じるたびに あの日の言葉が消えてゆく

フジファブリック「赤黄色の金木犀」より

 Bメロ。間奏を挟んでの、ここでの高揚、勢いがとても強く胸に迫る。要するにここの歌詞は、"あなた"への気持ちが失われていくこと、"あなた"を忘れていくことを歌っていて、この歌詞が焦燥感をもって歌われる点に強く胸を打たれる。忘れないうちに、伝えられるうちに、、、と速度を上げていく主人公の姿が目に浮かんでくる。


いつの間にか地面に映った 影が伸びて解らなくなった
赤黄色の金木犀の香りがして たまらなくなって
何故か無駄に胸が騒いでしまう帰り道

フジファブリック「赤黄色の金木犀」より

 ラスサビの歌詞も凄い。影が伸びたことで時間の経過を表しつつ、それに"解らなくなった"と合わせるのが凄い。情景だけでいえば、暗くなって影が薄くなっていく様子ともとれるし、記憶とか自己とかが解けていくような、そんなもっと広い解釈も可能だ。演奏もすっと静かになって、戸惑いや不安やさびしさに襲われるような感覚に陥る。でもその静寂を金木犀の香りとともにギターがジャーンと遮って、再び現実に戻される感じってのかな、切ないけど力強いなあと思う。そして、アウトロで人の姿は消え、風と金木犀だけが残る。イントロよりも長いことで、余韻がじんわりとやってくるのがまたまた素晴らしい。

 PVの完成度も高くて、ラスサビの時に夕日をバックに、ススキの野原の中で歌う志村正彦の姿が尊い。ダボっとした袖とか、少し曲がる左足の膝とか、とにかく萌え、カッコいい。結婚してくれ、、、


M10. 夜汽車 ★★★★★

 名曲。赤黄色の金木犀の感想を長々とした後だと陳腐な言葉に思えるが、しかしこれもまた名曲だと思う。幻想的、というと大げさだけど、美しい演奏とメロディと歌詞。夜闇の中を静かに進む列車と車窓から漏れる光が目に浮かぶ。赤黄色の金木犀で伝えられなかった思いは、この夜汽車での"本当のことを言おう"という静かな決意に繋がる(この"本当のこと"というぼかし方も素敵だ)。




 か、かなり長くなってしまった…。まだ好きになってから日が浅いのが原因かもしれない、好きな気持ちがまだうまく言語化できていないから、長々と説明してしまうのだろう。まあしかし、志村正彦という男は本当に底知れない才能の持ち主だと思う。さっぱりしたような、くよくよしたような、その不思議な人柄は自分に似ているなと、非常に共感してしまう。違いは顔と才能だけで、、、。つらい、、、。志村正彦在籍時のアルバムはどれも名盤なので、いずれ他のアルバムの感想も書きたい。そして、まだ手が付けらていない、新体制になってからのアルバムも順を追って聴いていきたい。

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