2024/06/17 離島のアキバ系

 身体は必要に迫られて規律を獲得する。やるべきことが私の規律を作り上げる。スナックの仕事が始まる20時に向けて私は、シャワーを浴び、夕食をとり、化粧をし、髪の毛を整えて、タバコを吸う。三宅島の仕事で作り上げたルーティンは、鬱になる暇を私に与えない。

 三宅島で稼いだ金はすべてカードの支払いに消える。遊びに来たわけではない。生存のために来た。目下の金策のためという短期的な目的と、コンスタントな労働が可能か試すという長期的な目的が私を突き動かしている。

 仕事には本気で臨みたい。その場でできるベストを尽くしたい。なぜ自分はそう思うのだろうか。どうしていつも必死なのか。
 私は社会における居場所が欲しいのだと思う。そして、少しでも手を抜いたら居場所は簡単になくなってしまうものだと思っている。そうやってサバイブして、疲れ果ててもなお走ろうとしている。怖いからだ。とにかく怖いのだ。

 29歳になった。水商売における自分の価値を見直さなくてはならない。もともと美しい見た目は持っていない。場を盛り上げることも、気の利いたトークもできない。私にできるのは、話を聞くことくらいだ。そしてそれは私がやりたいことに一致する。驚くような売上を上げることはできないけれど、誰かの居場所になりたいと思う。そしてそれができたとき、自分自身の居場所も作れるのだと思う。

 意外と私は考えている。綺麗な人、トークが上手い人に囲まれているなかで、同じ土俵では勝負できない。考えた末、私は三宅島のアキバ系になった。アキバ系という解像度の低い言葉がまだ生き残っていることに驚いたが、なぜか私に対して「アキバ系なの?」「秋葉原から来たの?」「アニメ好きそうだね!」「アニソン一緒に歌える?」「萌え萌えキュンってやってよ!」とおそらく褒めではないだろう言葉がいくつかかけられた。島に来て1週間で5回くらい似たようなことを言われたので、もう私はアキバ系でいいやと割り切った。全く違うジャンルの人間は比べられることがない。私は気が楽になった。バカにされていたとしても、私は三宅島のアキバ系をやろうと思った。

 三宅島にはパチンコがある。コンビニはないのになぜかパチンコはある。アニソンなんて知らなそうなおじいちゃんが、残酷な天使のテーゼや甲賀忍法帖を歌うと喜ぶ。喜んでもらえると、私にもできることがあるんだと思えて嬉しい。

 ゴールデン街とは全く違うペルソナで働いている。場所が変われば自分のすべきことも当然変わるのだと思った。そして、私は案外やれるもんだ、と思えた。見た目、陽気さ、達者な口がなくても、持っている手札でできるかぎりの努力ができるんだと思えた。うまくいかない日も受け入れられる。明日は私を求めてくれるお客様がいらっしゃるはずだと思える。

 コンサータとお守りデパスを飲んで、太田胃酸をかっこんで、まかないを食べて、私はこれから化粧をする。アキバ系をインストールして、常に暗雲のように頭上にある憂いを忘れて働く。

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