『愛するには短すぎる』雪組全国ツアー神奈川公演①

前の記事で少し触れたので、ずいぶん時間が経ちましたが、振り返ってみます。

雪組全国ツアー神奈川公演を観劇したのは9月2日の土曜日15時半開演の夜の部でした。

まだまだ残暑厳しい頃。

『愛するには短すぎる』は数ある正塚作品の中でも人気があるようで、星組の初演以来、何度か再演されています。が、私にとっては湖月わたるさんのサヨナラ公演であり、わたるさんとトウコさん(安蘭けい)の鉄板コンビの最高傑作で、何より大切な思い出であり、心の中の宝石のような作品でした。相手役のとなみ(白羽ゆり)もこの公演でわたるさんを送り出した後、雪組へ輿入れするということもあり、この公演を観劇するたび、どれだけ涙を流したことか。

そんな思い入れの深い作品なだけに、これまで再演は一度も観劇したことがありませんでした。きれいな思い出を壊したくないというか、なんというか。

この作品が全国ツアーになると聞いて、まず危惧したのは、盆やせりといった大劇場の舞台機構を効果的に生かした場面展開が、小規模な地方の舞台でどうなるのか、というかできるのか?というところでした。が、これは心配に及びませんでした。舞台奥に設えられた全国ツアーおなじみの数段の階段の上に、客船の甲板の柵が立ち、船上のストーリーが展開します。船室の壁に見立てた板(衝立)がさまざまに動いて場面が変化する様が楽しく、ワクワク感をかき立てられました。

幕開け、初演ではトウコさんが大セリの上に立ち、わたしたちは桟橋から船を見上げるような印象的な場面でしたが、ここはアーサー(朝美絢)が舞台奥の階段の上で、甲板に佇んでいました。

大富豪の跡取りであるフレッドは数年間の外国留学を終えて帰国するために、執事のブランドン、親友であり悪友のアンソニーとともに船に乗り込みます。帰国するフレッドを待つのは美しい婚約者と輝ける未来。何ひとつ曇りのない人生が約束されています。ところが、フレッドの表情はさえません。じつはフレッドは生みの父母と死別して孤児院に預けられた後、現在の父に見いだされ、跡取りとして育てられたのでした。皆がうらやむような境遇が自ら望むことなく手に入ることに、不満はないがこれでいいのかという迷いを感じています。そんなフレッドが幼馴染のバーバラと再会し、さまざまな背景を持つ乗客と出会い、事件に巻き込まれ、そして自分の歩むべき道に踏み出す…

咲ちゃん(彩風咲奈)演じるフレッドは、おっとりと穏やかで実直そうな。いかにも「跡取り」としてふさわしい雰囲気。当人が望まなくともいろんな幸運が転がり込んできそうなタイプです。対してアーサー演じる悪友のアンソニーは、あらゆる方向にアンテナを張り巡らし、チャンスの神様を逃すまいと見張っているようなタイプ。フレッドが典型的な長子タイプなら、アンソニーは次男のお調子者。でっこみ引っ込みでいいコンビですが、心配性のフレッドの執事ブランドンにとっては頭痛のタネの一つのようです。
アンソニーはわたし自身思い入れが強すぎて、何をしてもトウコさんが透けて見える。アーサーなら、イケメンで金持ちで、鼻持ちならないんだけど、愛嬌もあってつい許してしまう、ようなもっと違った役作りを期待しちゃうんたけどなって思いました。

フレッドの忠実な執事ブランドンは、初演では宝塚歌劇団きってのコメディエンヌまやさん(未沙のえる)が面白可笑しく演じていたけれど、今回はりんきら(凛城きら)さんが大げさにならず抑えたテンションで至極真面目に演じていて、それがなんともいえない可笑しみを醸し出していました。

フレッドを昔の名前のマイケルと呼ぶ、幼馴染みというか幼い恋のお相手が、いまはバーバラと名乗る、クラウディア。女優を夢見て船上のエンターテインメントでダンサーとして出演しているのだけれど、母の病気を機に夢をあきらめて故郷に帰る決心をしたところです。夢白あやちゃん演じるクラウディアは美しく、夢はあきらめたけど人生はあきらめてはいない、そんな生命力を感じさせます。

船上でフレッドはさまざまな人に出会い、さまざまな人間模様に触れます。
妻と愛人を連れて船に乗り込んでいるスコットランド貴族エドワード氏、ブロードウェイのプロデューサーのオコーナー氏、オコーナー氏に色仕掛けで迫る女優志願のドリーとマネージャーのデイブ。
エドワード氏はわたしが密かにリスペクトを込めて「偉大な凡人」あるいは「下世話のレジェンド」と呼んでいるまなはる(真那春人)さんが、人情味たっぷりに演じてます。こういう可愛げあるけど困ったおっさん、いるよな~って感じ。
すわっち(諏訪さき)オコーナー氏はいかにも身持ちの固そうな、女性問題からは最も縁遠そうな風情。こういう人が引っかかるとどうしようもなく泥沼にハマってしまうんだよな~って感じ。

バーバラもショーチームのメンバーのフランクと金銭トラブルを抱えていましたが、アンソニーが機転を利かせて肩代わりすることになって解決。じつはフレッドの援助があってのことではありましたが。
フランクを演じるかせきょーちゃん(華世京)は、キラキラが勝り、悪の翳りがどうしても薄い。このキラキラにダークさが加わったら無敵だなって思う。

そして、盗難事件が巻き起こります。アンソニーは持ち前のイマジネーションで事件の解決に活躍しますが、事件のなりゆきをよそに、マイケルとクラウディアの恋は盛り上がるばかりです。でも、無常にも時は流れ、最後の夜。マイケルの姿をできる限り目に焼き付けようとするクラウディア。時が止まってほしいと願うマイケル。クラウディアにとって、この船上の数日の思い出はこれからの生きる力になるに違いない。けどフレッドはまだ短い恋に未練が断ち切れない。愛するには短すぎる。この最後の夜の甲板の二人は、ほんとに切なくて美しい。

やがて朝が来て、船は港に着き、乗客たちは帰る場所に去っていく。マイケルとクラウディアもそれぞれの人生に歩み始める。
本公演では舞台中央でマイケルに別れを告げたクラウディアが銀橋を上手から下手まで走り抜け、マイケルがその背中によびかけるシーンなのだけれど、全国ツアーの県民ホールでは、別れを告げたクラウディアがあっという間に舞台袖に入ってしまって、それはしかたないけど、ちょっと残念でした。
そして、アンソニーはフレッドと握手を交わし、はなむけの言葉とともに送り出す。サヨナラ公演ならではのラストシーンなのだけれど、そうでなくても印書的なシーンでした。

青春の淡い恋を心の奥に押し込めて、新たな人生に踏み出すフレッド。疑問や反発はあっても、きっと期待された道を外さず、まっすぐに進んでいくのだろうなと、咲ちゃんの姿はそのように思わされました。
そして、あやちゃん演じるバーバラも自分の道を迷いなく歩んでいくのだろうなと、そのような活力を感じさせられました。

やはり、様々な場面で初演の思い出がよみがえり、思わず涙がこみ上げるところもあって、周りが笑っているところで一人で涙を拭ってる、ちょっとへんな人になったりもしたけれど、全体に楽しむことができました。
「思い出多い大切な作品」であることには変わりないけれど、そういう思い込みを捨てて、新たな気持ちで楽しむことを咲ちゃんとあやちゃんの姿から学んだように思います。

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