看病猫

自転車を買ひ替へました。
前の自転車の車体の至る所に先先代の猫のイラストを描いてて、廃車するとき辛かった。
フェンダーだけでもと取り外しました。



この先先代猫さんが虹を渡ったとき、わたしは心身ともに崩壊。

その時、わたしは依存症っていふより、
依存症がわたし
と改めて自覚しました。
わたしは何かに中毒したり、誰かに頼ったりすることでしか生きられない。自立は無理。
頼り切ってた先先代の猫を亡くしたのに、今もわたしが生きてるのは、自分で自分を立て直したからではなく、次の猫、先代の猫がわたしを支へてくれたからです。

今書いたとほり、わたしは、支へられることでしか生きられない人間。
自分で立つ足とか背骨とかが精神に無い。チョコレートに依存したり自傷に依存したりセックスに依存したり妻様に依存したり。
さういふ意味で、人間のクズです。

猫がゐなくなって精神が崩壊して、精神科の薬のヤバさは(その頃やってた、モグリの精神療法を通して)よく知ってたのに、あまりに苦しくて苦しくて、自分から向精神薬漬けになったわたし。
そんなわたしを助けてくれたのは、やはり、猫。

この猫さんは、雨にうたれて倒れてゐたところを知人の知人に拾はれて、一月後にうちに来ました。
この猫は野良の子として生まれた生粋の野良猫で、家族の暮らす海岸でその生涯を過ごしました。
知人の知人は、海岸の野良猫たちにごはんをあげたり避妊手術に連れて行ったりしてる人で、その猫とは足掛け18年の顔見知りだったさうです。

知人の知人さんは、激しい雨にうたれながら動かない猫を見て、息はあるものの、もうみとりだなと思って抱き上げて家に連れて帰ったのですが、数日して奇跡的に回復してきたのださうです。
けれども、老齢でもらはれ先が見つからず、そのコを拾った知人の知人さんのところも、猫さんたちがいっぱい。もう増やすことが出来ない。しかも、医師の診断を受けたところ、その猫さんが白血病のキャリアだとわかりました。

それで、知人を介して、うちに打診してこられたのですが、わたしが、もう猫はムリ、いつか死んぢゃうんやもん、しかも高齢の白血病のキャリア、いついってしまふかわからない、もう二度と別れはいや、と泣くので、その猫さんは落ち着く先が見つかるまでの「一時預かり」といふことになりました。

知人とその知人に連れられてうちに来た日、その二人と妻様がその猫さんに話しかけるのを、わたしは離れてぼんやり見てた。もう猫とは親しくならない、と心に決めてゐたのです。
さうすると、つかつかとわたしの前に来て、ギャオギャオと鳴きました。
あんたのために来てやったのに、なに、その態度?
って聞こへました。
なんか、はっきり聞こへました。もちろん、言葉では無いですが。
わたしは、仕方なく、猫さんの頭をなぜました。

それから、毎日、夜も昼も、猫さんは、わたしの側から一度も離れたことがありませんでした。ゴハンは妻様があげて、濡れタオルでの身体拭きやブラッシングなどのケアも妻様がしてくれてゐて、わたしのそばにゐても、いはゆるメリットは何も無い。
今のしゃうたんってほんとに人間のクズで、社会はもちろん、猫の役にすら立たないのに、なんで、このコ、しゃうたんがこんなに好きなの?と妻様も不思議がってゐました。
(今書いた内容が、妻様の口から出たときは、もう少し表現に配慮したソフトなものでしたが、主旨として、今書いた、人の役にも猫の役にも立たないクズなのに、なんで?といふものでした🤭)

一年半、ずっと看病してくれました。

わたしは人生の始まりに、乳母猫に育てられて人生を与へられましたが、晩年になって看病猫に余生をいただきました。


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