1日1000字チャレンジ#28

「野良猫」
いなくなったらなったで存外と心配になるものだ。
軒先で猫が鳴くようになり、餌を用意するようにしたら姿を見せるようになった。
最初に見かけたときには雨が降っていたこともあり、薄汚れていたのだが猫缶を買ってきて与えているうちに毛並みに艶が出てきた。
わたしとその猫は一度も触れあったことはない。お互いに存在を認識していたぐらいで、ここに置こうと決めた定位置に餌を置いて私が去ったら食べだすというだけのかかわりであった。たいてい一日じっとうずくまっていて私が来るとほんの少し目を輝かせるのは少し可愛いなと思っていた。
家で飼えるほどの余裕もなく、それゆえに情が移ってしまわないように名前を付けず、餌を置いたら振り返らない。
朝と夕方の二回だけ、顔をちらりと合わせるくらいだった。
それが一か月続いたころの話だった。
朝に入れたエサが渇いて干からびていた。
夕方に新しい餌に変えて、それから一度も餌は減ることがなかった。
もとから、猫は家につくものだと聞いていたので、きっと新しくすむ場所を見つけたのだろう。
家に残った未開封の猫缶と、新しく買った餌入れをみると、少し残念に感じたが、仕方がない。
捨てる前に一度、猫缶を食べてみようと思ってぱきり、と缶を開けると、にゃーん、と猫の鳴き声がした。
いつの間にか空いていた押し入れから猫が出てきた。
であったころと同じようにやせ細っていて毛並みも荒れている。
いったいいつから同居していたのか、と猫を見るがその視線は私があけた猫缶にくぎ付けでもらえることを確信しているかのような表情だった。
仕方がなく餌入れに猫缶をあけると、ためらいなく食べ始めた。
外で見かけていたときよりもどこか愛嬌を感じる。
恐る恐る手を伸ばして、骨の浮いた背中を撫でる。毛並みが一度びくりとしたあと素直に撫でられていた。
友達の家で撫でさせてもらった猫より、ごわごわで温かさもなかった。手のひらよりも低い体温がある。ひじの出っ張りも骨そのもので皮が余ってたるんでいた。
なのに、この今目の前にいる猫の方が可愛いと思った。
寄る辺もなく、ただ餌をくれたというだけでやってきて今静かに撫でられている。この猫をどうしようか、と途方に暮れる。
生き物を飼うというのは簡単にはいかない。必要なものだってあるし、なにより病院に連れていく必要がある。でも、どうにもならないということではない。それさえできるのなら飼うことはできるのだ。
私は目の前の猫が猫缶を食べきる様子を見ながら思案していた。

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