桜屋敷を通る風/第17話
17.プレゼント
朝の冷え込みが強くなり始めると庭の桜は黄色い葉と赤い葉を混ぜ合わせ、青空を背に色鮮やかな姿を見せた。けれど、紅葉の時期はそう長くは続かずに葉を落とし始めた。
香菜は、この落ち葉を集めておいて、たくさん溜まったら庭で焼き芋を作れないかな?と考えながら、竹ぼうきで掃いていた。落ち葉を山盛りにしてその中にサツマイモを入れる。漫画か何かで見たことがあるからやってみたかった。
ほんとにそれで焼き芋ができるかわからない。それに焚き火なんてさせてもらえるかも怪しい。やっぱり、ママに「焼き芋」を買ってもらうのが早いか。と、落ち葉の焚火をあきらめたところで、今度はザッザッとさっきから使っているこのほうきが気になりはじめた。
この家の物置小屋にあったもので古そうだが、穂先もそんなに傷んでいないし、しっかり落ち葉を掃き寄せられる。
魔法使いはこれで空を飛ぶのか、なんて、空想が膨らむ。ほうき越しに縁側に目をやると、靴脱ぎ石には柔らかな日差しが当たっていた。
また座り心地のいい場所になったようで、クロがお日様に目を細めていた。
黒猫とほうきが揃っているのに惜しい。ああ、私が魔法を使えたらどんなに素敵だろう。これで飛ぶって怖いかな?どんどんと膨らむ想像で魔法の杖になりそうな枝でも落ちていないかと、落ち葉の掃除もそこそこに庭を見渡す香菜だった。
石の上でくつろぐクロの首には少し紫がかった深い赤色、桜の花が散る前の花芯に近い花びらの色のような、上品な首輪が巻かれていてた。その姿は黒いロングドレスにチョーカーネックレスをつけた貴婦人のようで、とても似合っていた。
「クロは、鈴がついてない方がいいよね。」
と、選んだ小さな飾りリボン付きの首輪をクロ自身も気に入っているようだった。
プーの方はきれいな空色で金色の小さな鈴が付いていて、高いところから飛び降りたり、走ったりするとリリンと鳴る。
首輪を付けられてすぐは、首の周りが気になるのか、後ろ足で引っかいたり頭を振ったりするので、その度にリリリリンと激しく鳴り、香菜は少し心配になった。
「プーは首輪嫌い?でも、鈴が鳴ったらプーがどこに居るかすぐわかるし、似合ってるし可愛いよ。」
と褒めた。
そのうちプーも慣れたようで、鈴の音がプーのトレードマークみたいになっていった。
日が暮れてからの縁側はガラス戸越しにも冷えるようになった。風は吹かないものの床下からの冷気で板が冷たくなって、夜中はクロたちが寒いのではないかと香菜は気になっていた。
プーは宵の口は部屋の中で当たり前に過ごしていたが、クロは今でも部屋の中には入ろうはしない。それもあって、夜遅い時間になるとプーもクロと一緒に寝るように部屋から出すのが習慣になっていた。
「ママ、クロたちの寝床、寒いと思うわ。部屋の中にいれたらあかん?」
「そうやなあ。でもパパがだめって言うやろ。それとトイレを部屋に持って来るのもなぁ。そうやっ!ちょっと早めのクリスマスプレゼントに小さいホットカーペット買ってあげよか。」
「うん!私もおこずかい出す。」
「よし決まり!そしたら探しとくわ。ママな、クロにはすごい助けられてるから、あの子らにはちゃんとしてあげたいと思ってるねん。それから、香菜と友里にもクリスマスプレゼント考えてあるねんよ。」
そうして、次の週末にはクロたちの寝床のスペースに座布団より一回りほど大きなホットカーペットが敷かれ、真冬の夜も暖かくすごせそうな場所になった。
猫たちの冬支度も整い、部屋の中もすっかり冬用に模様替えされていった。
ローテーブルには布団が掛けられてこたつに変わった。大きなクッションはモフモフとした手触りのカバーに包まれて大きな白熊が丸くなっているみたいに見えた。
香菜は部屋がこんな風にモコモコやフワフワに変身する季節が好きだった。
そんなほっこりする部屋で、石油ストーブが赤々と燃えているのを眺めるのは特別好きだった。ストーブの熱は、寒いところから帰ってきて凍ったように冷たい指先も、冷え切ったつま先も、どんどんほぐすように融かしてくれる。顔が火照ると後ろを向いて背中を温めてぼんやりする。そんな時間が好きだった。
日曜の朝、ストーブの前に座り込んでいた香菜だったが、思いついたように障子をあけて小声でプーを呼ぶと、プーはリリンと鈴を鳴らして小走りにやって来た。
部屋に入り、初めてのストーブにそっと近づき、クンクンと匂いを嗅ぐ。オレンジの光がプーの瞳に反射している。何もかもが不思議に感じる好奇心のかたまりのような鼻は、あっという間に熱くなったのか、近寄りすぎた顔を急いで引っ込めた。
それから心持ち後ろに下がってストーブにむいてきっちりと座った。プーの尻尾はきちんと座ってもクロみたいに長くないので、お尻の後ろにポンと丸く置かれていた。
「どう?あったかいやろ。あんまり近くに寄ったらヒゲが焦げるよ。」
そして「クロもこっちにおいで。」と小さく呼んだ。
呼ばれたクロは、部屋の中から漏れ出す石油の匂いを確かめるように鼻を上げ、香菜の方を向いた。
「クロも来てみ、いいからこっちおいで。ここ温いから。」
と、プーの横の畳を軽くトントンと叩いて呼んだ。
しばらくは考えていたクロだったが、ようやく腰をあげてそろそろと障子の中に入ってきた。
開けていると冷たい空気が入って来るのだが、クロが怖がらなくなるまでそのままにしていた。
クロは、ほんの少しだけストーブに近寄り、その圧倒的な強さで来る熱をまぶしそうに眺め、香菜の顔を一度見て、納得したように少しプーから離れてストーブの前に座った。
尻尾の先は揃えた前足の上に丁寧に乗せられ、胸元に降り注ぐ温かさに目をつむった。
「あったかいやろ。ここに居ていいんやよ。」
と優しくささやき、後ろ手にそっと障子を閉めた。
一番寒い季節がもうすぐそこまで来ていた。
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