溺れない世界へ
救急車で搬送されて、目が覚めるといつも手を握っていてくれるお父さんがいた。
久しぶりに、全身に力が入らないような重力を感じた。
体の痛み、震え、加えて頭痛と腹痛。
精神的な病を患っていた時のような感覚だった。
こういうつらさに見舞われた時は、たいてい思い出してしまうことがある。
もういないお父さんのことだ。
お父さんとの楽しかった思い出や、病院に搬送されて手を握っていてくれたこと、病院からの帰り道の車内、お父さんが入院していた時のこと。
貨物列車の写真を撮るのが好きだったお父さんは、よく私をドライブに連れ行ってくれた。
良い写真が撮れると「ナナシのおかげだよ〜!ナナシは勝利の女神だね〜!」と笑顔を浮かべて、撮りたてほやほやの写真をよく見せてくれていた。
今はもう、二度と訪れない思い出の一つだ。
体がつらくなると、途端にそういった思い出が蘇ってくる。
そしてよりつらくなり、涙が止まらなくなるのだ。
昨日は彼の家にいた。
夕方から体が重くなり始め、だんだんと全身に震えと筋肉痛のような痛みが出てくる。
案の定、お父さんのことが蘇る。
まだ付き合いたての彼の前で、涙が出て止まらない。
大好きな彼に対して、私は別れないとと思った。
結局私は、つらくなると涙が止まらなくなって、お父さんに会いに行きたいと思ってしまう。
そんな私では、大好きな彼を幸せにできない。
いつも想ってくれる、私のことを大切にしてくれる彼の足かせになってしまうから。
「別れよう」
と、彼の体に包まれた状態で告げた。
私の涙で、彼のTシャツは濡れていた。
別れなきゃいけない理由も告げる。
「ナナシちゃんは、誰かに頼って生きていいと思う」
彼は私の話に、そう返答した。
「1人で強くなる必要なんてないよ
誰かに支えられて生きていいと思う」
私はしきりに「1人で生きていけるようになりたい、1人で生きていける強さが欲しい」と各所で言っていた。
きっと彼は、その言葉が頭に残っていたのだと思う。
「俺はナナシちゃんを支えたい
その代わり、俺が辛くなったらそばにいてほしい」
どこまで考えられる人なのだろう。
彼が与えてくれる安心感も、選んでくれる言葉も、全部私の救いになる。
この人を幸せにできる強さが欲しい。
泣きながら過去のことを全て話した。
私がつらいと感じてきたことや、なかなか直すことができない自分の考え方について。
私は彼に、助けて欲しいと言った。
彼は、私と溺れてくれる人ではない。
溺れている私を救ってくれて、溺れない世界で一緒に暮らしてくれる人だ。
「自分の弱いを受け入れて、楽しく生きればいいじゃない
俺と一緒に楽しい思い出でいっぱいにしよう」
私の頭を優しく撫でながら、彼はそう言った。
この人になら裏切られてもいいから心を開きたい、ありのままでいたい、そう強く思った。
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