私の愛した口紅
私は化粧することを『顔を描く』と言うのだが、これは珍しいのだろうか?私の中では多分、顔をキャンバスに絵を描くというイメージがあるのだと思う。たぶん…。
アラ還ではあるが、顔を描くのが好きだ。特にアイメイク。様々な色を使い作っていく。
しかしだ、今のような化粧はいつまで出来るのだろうか?ある時、ふと思ってしまったのだ。ちょっと前までは、「好きなら派手に描いたっていいじゃないか」の精神でいたのだが、思ってしまったのだよ。とはいえ、やっぱり同じ様に描いているのであるが…。
人間、年相応というものがある…とは理解している。浮いたり奇異になったりしないように、好きと年相応との間をどう擦り合わせていくかが、これからの腕の見せ所なんだろう。好きを続けていくのは修行だな。技を磨くのだ!
自分の好きと年相応に齟齬が生じたことは、以前にもあった。それは、今から思えば、まだまだ若いぴちぴちだった20代後半のこと。
今までの人生で、一番愛した口紅だと思う。あれ以上の物に出会ったことはない。めちゃくちゃ高価なものでもなく、大学を出たばかりのペーペー社会人がちょっと背伸びして買った“クレージュ”のパールピンクの口紅。素敵な色でリピートした。
ベースメイクをした後、チーク、アイシャドウ、アイライン、アイブロウ、マスカラと描いてきて、最後にパールピンクの口紅を塗る。唇をキュッキュッとし鏡を覗いて、よし!パールピンクの口紅は最後の締め、その日一日の始まりを自分に言い聞かせ、自分を鼓舞するアイテムであった。
ある日、覗いた鏡の中にいた私の唇は浮いていた。
え?
そうか…もうこの口紅の色は似合わない年齢(見た目)になってしまったんだな…。
それ以降、パールピンクの口紅は使わなくなった。使わないというのに、私はこの口紅を捨てることができず、長らくポーチの中に存在し続けた。だって、好きなんだもん。
クレージュが化粧品から撤退し、あのパールピンクを見ることは二度と叶わない。しかし、私の心の中には、あの綺麗なキラキラしたピンクがいつまでも輝いている。