見出し画像

春野の遅い春

僕の住んでいるところもたいがいの田舎だが、それでもバスが日に数本走っている。
受託した春野町の施設となると、あらゆる公共交通機関から途絶してる。
携帯の電波も、場所によって入るところ入らないところがあり、なぜか繋がりにくい時間帯まであった。

箱根から来てもらった二人のうち、年長の元板前さんに厨房を任せる。若い20代にはコテージの管理や受付、行政や我々との窓口をやってもらう。

食事のメニューは、蕎麦そば一本に絞った。いろいろ仕入れても立ち寄る人が限られている以上、無駄に廃棄してしまう量が多くなるためだ。

それでもこの蕎麦そば、けっこう美味で評判が良かった。そば自体は乾麺だが、下ごしらえの段階からこだわった昆布とかつお出汁だしがうまい。
醤油も塩も担当者の助言をうけ、すこし上等なものを選んだ。数が期待できない以上、せっかく来られたお客さんには質のいいものを味わってもらいたい。

天ぷらに添える山菜は、”板さん”が近隣に自生しているしゅんのものをんできてげる。同じような田舎に育ったという彼は、里山に咲く草花の目利きでもあった。
おいしい空気にゆったりと流れる時間、そこに山間やまあいならではの上質な水が加われば、凝ったことはせずとも滅多に食せないご馳走になって不思議はない。

冬のシーズンはクローズとなるため、”板さん”は有給休暇を消化したり、箱根に戻って勤務をしたりしてもらった。
若い20代は国家資格に挑んでもらうべく、清水の本社で自習やトレーニングと、それなりに多忙な日々を過ごす。
彼を本社所属の扱いにすることで、指定管理者を(決算上は)一人分の経費でまかなっている形にした。赤字分を、帳簿上だけでも低く抑えるためだ。
互いの会社の社員が月に何度も通ってもいたし(日給換算すればそれだけで赤字だ)、べら棒な浄化槽の管理費など加味すれば、なんのためにやってんの?と言いたくなる成績ではあったが。

それでも夏場は家族連れやツーリング、川釣りの人たち等、それなりの賑わいを見せた。コテージにはテレビがないから、宿泊者は外でバーベキューなどやった後は、語らいあうか寝るだけである。スマホやSNSが普及する以前の話だ。

その当時のスタイルとして流行っていなくても、キャンプの盛んな現在であれば、需要はもっと増えているんじゃなかろうか。
僕も会社の連中と泊まったが、晴れていれば夜空を眺めるだけでも、カネを払う価値が充分あったと思う。
「星降る夜」などとよく形容されるが、満天に光り輝く星々の数に圧倒されること、間違いなしである。現地で夜を過ごした者だけにしかわからない、贅沢な体験だ。

箱根の二人が常駐する間に、いくつかの出来事があった。
一つだけ挙げるなら、生涯独身のままであったはずの50代元板前さんに、この地で予期せぬロマンスが生まれたことだ。

同じく浜松で、こちらは街の近くにある指定管理者の新規物件を、後から請けることになった。そのため数名の女性を現地採用する。こちらは単独でなく、異業種数社によるJV(共同企業体)方式で、現場を仕切る責任者は他社の女性になった。

最初は仲良くやっていたものの、その内一名の女性が他のメンバーから” しかと”されるようになる。
当人に理由を訊いてもわからないと言うし、責任者の女性は「それも致し方ない」といった態度だ。
こういうの、カチンとくる。立場上の上下関係はあっても、” しかと”されてる女性はアンタの会社の部下じゃないんだぞ。

どうやらこの責任者が気に入らない事があったらしく、それにウチのメンバーがなびく形で、全員が一人を無視する構造が生まれたらしい。
キミら、中学生か?

イジメに遭っているシングルマザーの彼女は、耐えて日々の業務をこなしている。そこで我が社に次の案件が出るか、彼女自身が新しい仕事を見つけるまで、自宅から2時間近くかかる春野町まで通う気があるか尋ねる。
「ぜひお願いします」との返事だった。

彼女のお子さんは、何かあるつど実家で面倒をみてくれるというので、週に4,5日そちらに通うようになる。
彼女が来たことで、現場が明るくなった。これは怪我けが功名こうみょうだったかも知れない。
ちなみに人件費は前の所属のままで、春野町側の負担は増えない”格好”にしてある。別に悪事は働いていないが、しち面倒くさい事、よくやってたもんだと思う。

そのまま2年目の冬を迎え、クローズになる直前に、現地で請けてくれる人が見つかった。お店をやっていた方で、今後はご夫婦で管理してもらえて、足りない時はお子さんが手伝ってくれるという。来年度からは、このご夫婦にお任せで済みそうだ。

事情をシングルマザーに説明すると、意外にも明るく「私もう、大丈夫ですから」と、そのまま退社するという。これでこっちも気が楽になった。いい勤め先が見つかったのね。

”板さん”は箱根に戻ってもらい、20代クンは本社に異動を説明し、それぞれに了承をもらった。長い間、本当にご苦労様でした。

と思っていたら、しばらくして箱根の責任者から「○○さんの退職届、送られてきました」と連絡が入る。え、なんで?
20代クンに事情を訊くと、「あの二人、デキてましたからね。一緒に住むって、俺に言ってましたよ」
知らぬはワシだけだったかい。知らぬままでも、せっかく愛のキューピット役をやってたのに。
ま、お幸せにね。

そういうわけで、全く関係ないオチでひとまず、「指定管理者・春野町編」を終了する。要は「仕事の数だけドラマがある」「事件(?)は現場で起きている」と言いたかったのである。
あるいは、「縁は異なもの」とでも言うべきか?

イラスト hanami🛸|ω・)و

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?