枠にはまった人生
1981年、「アジア病問題」という実験に対して被験者の回答が、質問の仕方によってどのように変化するのか検証された。
特殊な感染症「アジア病」が流行し、死者が600人に及ぶと仮定された場合、2つの問いのうちどちらの対策を選ぶかというものだ。
実験では被験者を、ポジティブな言葉とネガティブな言葉の二通りで考えるグループに分けて行われた。
ポジティブな表現のグループに提示したのは、以下の2つの選択肢だ。
対策A:(600人中)200人が助かる
対策B:3分の1の確率で600人が助かるが、3分の2の確率で誰も助からない
結果は、対策Aを選択した被験者は72%。対策Bを選択した被験者は28%となった。
続いて、ネガティブな言葉によるグループに提示したのは、以下2つの選択肢になる。
対策C:(600人中)400人が死ぬ
対策D:3分の1の確率で誰も死なず、3分の2の確率で600人が死ぬ
これに対し対策Cを選択した被験者は22%、対策Dを選択した被験者は78%となった。
重要なのは対策Aと対策C、対策Bと対策Dが、それぞれ同じことを述べている点だ。
「助かる」というポジティブな面に焦点をあてた場合は、全員死んでしまうリスクのある対策Bよりも、確実に200人が助かる対策Aが選ばれた。
それが「死ぬ」というネガティブな面に焦点をあてた場合には、確実に400人が死んでしまう対策Cよりも、全員助かる可能性のある対策Dが選ばれるわけだ。
この「アジア病問題」の実験結果によって、同じ意味であってもどこを強調するのかによって、人の判断に影響が出ることが分かった。
「彼氏がずっといない」というのが事実であっても、言い方を変えるだけで印象は変わる。
「モテなくて彼氏ができない」と公言するのではなく、「付き合った人と結婚したいから、適当な相手とは付き合いたくないんだよね」とアピールすれば、相手が自分に抱く価値基準は格段に上がる。
モテない(誰も欲しくないから余っている、というニュアンス)と言えば下がる希少価値も、「自分が選んでいるから彼氏ができない」理由付けによって、相手は「俺のことを選んでくれたんだ」と感激する。表現ひとつで自分のレベルを上げることに成功したわけだ。
ワシなんぞ、こんなのやられたらイチコロでひっかっかるな。
全く同じ内容のものでも、表現方法や説明の仕方を変えることで受け手側の印象を変えることができる心理効果を、プロスペクト理論において「フレーミング効果」と呼ぶ。
「フレーミング効果」の「フレーミング(フレーム)」は、絵画や写真立てのフレームと同じ意味だ。
たとえば、旅行先で撮った1枚の写真。この写真にフレームを付けるとして、写っている人物だけが中心になるように小さくフレームを置くのか、背景を入れて大きいフレームを置くかで、同じ写真でも印象が大きく変わる。
高そうな枠で飾った絵画は高価そうに、安っぽい枠だと絵まで値打ちがないように思えてしまうのも、この効果の一種だろう。
フレーミング効果とは、「ある事柄を伝える際、どこを切り取るか(フレーミング)によって与える印象が変わる」心理作用を指している。
A 1日コーヒー1杯100円!自動販売機より安価でおいしい!
B 1年間のお支払い36,500円で、一日1杯おいしいコーヒーが我が家に!
どちらも支払う金額は同じなのに、圧倒的にAの表現に惹かれる人のほうが多い。
結果的に支払う金額は同じであっても、1日〇〇円、月々〇〇円のみと表現することで、人は金額の大小の比較に情報を「枠組み」(フレーミング)してしまう。
消費者の支払に対する精神的負担が軽減されるAを、好意的に感じてしまうわけだ。
A テキスト教材のみ5,000円
B CD/電子機器教材のみ12,000円
C テキスト教材とCD/電子機器教材のセット12,000円
実を言えばこの商品は最初から、AとCの二択しかない。
そこにおとり商品としてBを提案することで、同じ料金のBとCの比較のフレームに注目させ、消費者をCの選択へと誘導しているのだ。
家電量販店に1万円の掃除機、2万円の掃除機、4万円の掃除機の3つが並んでいる。各商品の見た目は同じであるものの、それぞれの性能は異なると仮定する。この場合、1番売れやすいのは2万円の掃除機になる。
人が商品の購入を検討する場合、「安い商品は壊れやすく、高い商品は品質が良い」と考える傾向がある。人間に働く本能的なパターンであり、3つの掃除機のうち、1番安い1万円の掃除機を選ぼうとは中々しない。
だからと、1番高い4万円の掃除機を買おうとはしない。2万円の商品に比べ値段が大きく異なるので、「なんでこの商品だけ極端に高いのだろう」と感じてしまうためだ。
2万円の商品と4万円の商品との値段の落差によって、2万円の商品がお買い得のように感じる。これにより消費者の多くは、中間の値段である2万円の掃除機を選択するわけだ。
物が売れなくなった一因に、ネットの普及から消費者が上記のような心理操作を見抜けるようになってきたのも、影響しているかもしれない。
かつてお勉強したとき、プロスペクト理論は売る側の立場から商売に応用する学問だった。
そこではどうやってダマすかお客様の人生を豊かにするか考えたものだが、今となっては知らず知らず、消費者目線で批判的に見ている。
困ったもんだ。オレってとことん、金儲けに向いとらんのかもなぁ。
イラスト Atelier hanami@はなのす
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?