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神のみが富と繁栄の源

アメリカの宗教社会学者ロドニー・スタークは、キリスト教の合理性は資本主義の成功と西洋の台頭の背後にある主な要因である、と述べた。

聖書は、「富」を否定しているわけではないが、現在でも議論が交わされている問題の一つである。

聖書は、何を優先順位とするかを常に私達に教えている。

私達が富と繁栄を追い求めるならば、それは偶像礼拝の罪に相当するのです。
実業家のアンドリュー・カーネギーは言っています。

「蓄財は偶像崇拝の悪い種の一つだ。金銭崇拝ほど品位を低下させる偶像はない」 

彼は慈善家として社会に富を分け与えたが、「(財産を分け与えずに)富豪のまま死ぬのは不名誉である」と述べた。

彼は金銭自体が悪である事を述べている訳ではなく、私有財産を所有し金銭を崇拝することを悪ということです。これはキリスト教に見られた道徳的価値観とも合致する部分が存在しており、前述した「金銭を愛することが諸悪の根源であると言っています。  

信仰の原則原理。

【あなたの拝したものが、あなたの神になる】

お金を愛する者は、お金が神になります。

悪魔がイエスを誘惑する時にこう言います。

「この国々の一切の権力と繁栄とを与えよう。それはわたしに任されていて、これと思う人に与えることができるからだ。 」

つまり、この世の父である悪魔に任されているということです。「富」と「繁栄」は、神から与えられた恵みです。

悪魔は、人間が神から与えられた自由意志を利用して人間を滅びに至らせる事ができます。 

マタイによる福音書 6:24 新共同訳
 「だれも、二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」

わたし(神)は、わたしを愛する者を愛する、 わたしをせつに求める者は、わたしに出会う。 富と誉とはわたしにあり、 すぐれた宝と繁栄もまたそうである。















































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