閑話(17) 精神的支えって何?

精神的支えって何だろう。

呼内先生が「精神的支えもないのに」と仰ったことがありました。

文脈から想像するに、先生が意味する精神的支えは、配偶者だったり、お付き合いしてる人を指すのでしょう。

精神的支えを上記のように解釈すると、私には精神的支えがありません。
というか、あった試しがない 笑
そう。
精神的支えとなる人がいたことがないので、ピンとこないんですよね。
何? 精神的支えって。
いたら、何か違うのでしょうか?

でも。
もしも、私に彼氏がいたとしたら、癌だと分かった時点で、病気のことは言わずに別れると思います。
もしも、結婚して子供がいたら、そこは子供のために、最期まで別れないでしょうが、子供のいない既婚者だったら、躊躇いもなく離婚してそうです。
(専業主婦かどうかにもよるかもしれませんが…)

逆に、もしも、配偶者やお付き合いしている人が重病だと分かったら、私は最期までそばにいて看病して、相手にも自分にも悔いが残らないよう、出来る限りのことはやりたいな。
(相手の意志にもよるのかもしれませんが)

けれど、私が病気の場合は、やはり相手から去る方を選ぶでしょう。

二人でいれば、辛いことは半分に。
嬉しいことは2倍に。

と、よく言われますが、本当にそうなのかな?

もしも、自分の苦しみを打ち明けたら。
相手は、知らなければ経験せずにすんだ、辛い思いをすることになります。
打ち明けたら、一瞬、気が楽になったと錯覚するかもしれませんが、その後、自分のせいで相手に辛い思いをさせてしまった、と自責の念で、もっとずっと苦しくなりそう。

結果、打ち明けても、誰も楽にならず、苦しみが2倍、3倍に増えるだけでは?

実際、そうでした。
兄に打ち明けたことを、とても後悔しています。
伝えなければ良かった。
時を戻せるなら、絶対に言わない。
病気であるとは、絶対に悟らせない。
自分の弱さと甘えが情けない。
申し訳ない。

けれど、時間を戻すことは出来ないから。
病気のことを打ち明けてしまった今。
私が兄に出来ることは

「お薬がよく効いてくれてるから、大丈夫。全然平気―! 治ったかも」

と伝えて、これ以上心配させないことくらい。

私のことで、兄が辛い思いをするくらいなら、死んだ方がマシ。
でも、自殺すると、母が苦しむのは容易に想像がつくし。
兄は、そんな苦しむ母を支えなくてはならず、とても過酷で大変で、もっと辛い思いをさせてしまう。
だから、自殺はできない。
(でも、いざとなったら、安楽死は許してほしい 笑)

となると、私の精神的支えは、兄であり母だということでしょうか。

でも、一般的な「精神的支え」という概念とは、ちょっとなんか違うような気もする…笑

精神的な支えって、何だろう。
健康なときは不要でも。
病気になると、必要になるのかなぁ。

でも、独り身の場合。
必要なのは、精神的支えではなく。
身体的支えや金銭的支えかも。
介護制度や障害年金等、国の制度が必要になりそう。
精神的な支えは、なくても生きていけるけど。
現実問題として、身体が動かなくなったら人の手は必要だし、治療費生活費がないと、生きていけない。

それに、病気にはなっちゃったし、もう年だし。
精神的支えは、一生縁のないモノだな。
うん。
私には、必要ないってことで 笑

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