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夕立の日にパイナップル【日記】
冷凍庫を掃除したら冷凍パインが出てきた。
パイナップルの甘酸っぱい香りが、あの夕立の日を思い出させる。
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ある夏の休日、スーパーで食材でも買おうと部屋を出た。
マンションのエントランスを出てすぐ、
文字通りバケツをひっくり返したような夕立が目前を真っ白にする。
その雨のあまりの猛々しさと、流れ落ちる瑞々しい水滴に目を奪われる。
エントランスを出た軒先にもたれてぼうっと雨を眺める。
道路を挟んだ反対側。
体育館の木の下に、雨宿りをする人の輪郭をうすぼんやりと捉える。
真っ白なレースのカーテンがあちらとこちらを遮っていた。
水浸しになった道をばしゃばしゃと、老夫婦が軒先に駆け込む。
老夫のバケツ帽子は雨をしのぎ切れず、色が変わっている。
婦人はハンカチを取り出し、旦那と自身を拭く。
さっと様子を伺い、止む兆しのない曇天を見上げる。
「すごい雨ですね」
参った様子の婦人に声をかけられた。
「止みそうにないですね」
同情をにじませた困り顔でこたえる。
当たり障りのない言葉を交わした気がする。
私は夫婦に提案する。
「傘いかがですか?」
「私はここに住んでいて……まだ雨止みそうにないですから」
夫婦は、私が住人だとわかると慌てて言葉を足した。
「こちらの……あぁ、てっきり雨宿りされている方かと……」
「すみません、ちょっと雨をしのぎたかっただけで。勝手に入って……」
「いやいや……」
「なんならここは寒いですからエントランスに入ってください」
上品な夫婦だな、と安心してエントランスへのドアを開けた。
夕立は勢いを増し、足元から風を巻き上げて濡れた体に当たる。
エントランスで待ってもらい、部屋に戻る。
いつかのビニール傘が3本、寄り添って待っていた。
なるべく綺麗な2本を手に取る。
エレベーターで下がりながら、会話を反芻する。
雨脚が強くて、立ち止まっていたとこまでは良かったけど、
だからって、ぼうっと雨を見てたのは怪しい人だと思われたかな……
エントランスでは老夫婦が所在なさげに立っていた。
「ビニール傘ですみません」
傘を渡す。暗いエントランスの小さな光を反射して艶っぽく光る。
「返しに来ますから、お名前を教えてください」
婦人がガラケーのアドレス帳を開く。
「いや、差し上げますから大丈夫ですよ、ほんとに」
押しに負けて、少し考え偽名と正しい部屋番号を伝える。
偽名は親しい友人の苗字を借りた。
婦人がアドレス帳に私でない名前と私の住所を打ち込む。
代りに、夫婦の名前と住所、家までの詳細な道順まで説明してくれた。
傘を返さなくていいことを念推ししつつ、夫婦を見送り部屋へ戻る。
エレベーターの中で、婦人の話を反芻する。
婦人は、体育館のプールに通っていること。
体育館の改修がいつ終わるのか教えてくれた。
マンションの地主の名前、かつては駐車場だったことを話してくれた。
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チャイムの音で目を覚ます。
モニターには昼間の夫婦が映る。
窓には水滴が残るだけで、雨は上がったようだった。
婦人は自転車を止めている。
ビニール傘を2本返される。
「これね、うちにあってちょうど食べごろだったから」
渡されたのはパイナップル。
「ここをね、縦に切って、それでこう外側を切るとね~」
パイナップルの切り方なんかわかんないな……と顔に出てたかも。
切り方まで丁寧に教えてくれた。
パイナップルを丸ごと切って食べることって、あんまりないと思う。
婦人に教えてもらった切り方で、包丁を入れる。
パイナップルの甘酸っぱい香りが広がる。
パイナップルを人生で初めて切った。
瑞々しくて、熟れていて、本当に美味しかった。
量はさすがに多くて、半分は棒状に切り、ラップにくるんで冷凍庫へ。
いいことはしてみるもんだな、ってちょっと笑った。
老夫婦はご健勝だろうか。
夕立とパイナップルの話でした。
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