【モチベ】高子と低子
やりたいからやる!
と
やりたくないけどしょうがなくやる
では取り巻くエネルギーが違い過ぎる
というのを実感した。
小学校のPTA役員決めがあった。
たまにSNSで見かける、
立候補者が誰もいなくて
スーーーーーーーんと静まり返る室内
みたいなことはなくて、
次々と立候補が出てサクサク決まってゆく序盤。
お、幸先いいじゃん🎵
なんて思っていたのだけど
(ちなみに私も立候補した)
その後、全学年の役員が集まり
ポジション(部長とか、◯◯係とか)を決める際に、若干暗雲が立ち込めた。
今これ何の時間???
仕切る人は一体誰かな?
と思える場面が多々あり、
その仕切るポジションの人が
「去年くじで負けて代表やってます💦」
的なことをおっしゃっていて
別の方は、
「そもそもこの部の業務ってやる必要あるの?ってモチベーションでやってます」
とか言っちゃったりw(正直でいいね😂)
お、おおん・・・
ここで、
役員なんざこれっぽっちもやりたくないけど
基本、1回はやっとくルールだから
仕方なく役員やってます
な人が多いことに気がつく。
ちなみにざっくり以下3パターンあるなと思っていて
①やりたくてやる(モチベ高子)
②やりたいわけではないがやるからにはやる気出るように努める(モチベ普通子)
③やりたくないけどしょうがなくやる(モチベ低子)
高子だけが集まるエネルギーはすごい。
普通子も高子に巻き込まれて、高子になってたりすることもある。
私はこのPTAに関しては高子だったので
低子との(自身の心の中での)摩擦感を強く感じてしまった。
誤解なきよう、低子をディスる気はまっっったくなく、PTAなんて、そらめんどいと思うわ!!
私はたまたまやってみたいポジションがあっただけだし、仕事も融通が効くし、第一子で初めて親として向かう小学校という場を知りたいという興味もあって、この瞬間たまたま高子だっただけだから。
だから
基本、1回はやっとくルール
↑これを撤廃できないのかな?
上の学年になってからやると色々大変らしい
とのことで、低学年のうちに打算的に立候補したり、結果モチベの低いやっつけ仕事になるのは、果たして誰かのために(子供、親、先生、地域)なっているのか?
理想は、
子供たちが安心して学校生活が送ることができ、
親も子供の学校生活や先生方のことを知れて信頼関係が深まり
学校を取り巻く環境をプラスにしていこうぜ!
な考え方を強く持った人たちのコミュニティが出来上がっていること。
きっとこのようなコミュニティになれば、なんか目には見えんけども発光していて、「あ、私も入ってみたいかも」と新たな高子が集まってくるのではないかなぁ?
定員に足らずとも
低子は無理にやらなくて大丈夫で
別の、高子になれる場所で高子をやったら良い。
(仕事なり遊びなり)
全員がどこかのコミュニティで高子をやっている。
そんな世界を創りたい。
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