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英国戴冠式を再考察~退位を促す布石と広報室の役割~

桜が満開になり、モクレンや雪柳、チューリップも花開いてきました。ラブは散歩で、パグ君に吠えられたりしながらもそばに寄ろうと頑張ってました。 甘えん坊のパグ君は犬見知りが強いのか、2年くらい散歩で一緒になりますが. 慣れてはもらえないようです。犬にも相性があるのですねえ。初めて会ったビーグル君は気が合うのか同い年のせいか、随分と長くコミュニケーションをとってましたよ。知らない犬には吠えるそうですが、全然そんなことなく楽しそうでした。

ゴールデンウイーク真っ最中で、私の頭もお休みモードです。


そういうわけで、今日は昨年の今頃のことを振り返ってみました。

昨年の5月8日の私の記事から一部抜粋しながら話したいと思います。

昨年の5月6日は英国戴冠式で、国民の反対を押して秋篠宮ご夫婦が出席しました。

『そんな中で英国では70年ぶりの戴冠式が行われた。いつもなら参加した皇族のファッションを取り上げ持ち上げるが、今回は取り上げないのには災害ばかりではない理由がありそうだ。さすがにひどかった、と思ったのではないか。ドレスといい、着物の着付けといい、帰りのタラップでの透けたスカートといい・・・他の王族と交流もなくワンチュク国王について回り、チャールズ国王との写真だけは撮影に成功したが、テレビからしたら何も見せ場のないものだったのでは?帰国して車に乗り込んだ紀子妃の表情に笑顔がなかった・・・これがすべてでしょうね。』

昨年の5月6日は英国戴冠式で、国民の反対を押して秋篠宮ご夫婦が出席しました。

『そんな中で英国では70年ぶりの戴冠式が行われた。いつもなら参加した皇族のファッションを取り上げ持ち上げるが、今回は取り上げないのには災害ばかりではない理由がありそうだ。さすがにひどかった、と思ったのではないか。ドレスといい、着物の着付けといい、帰りのタラップでの透けたスカートといい・・・他の王族と交流もなくワンチュク国王について回り、チャールズ国王との写真だけは撮影に成功したが、テレビからしたら何も見せ場のないものだったのでは?帰国して車に乗り込んだ紀子妃の表情に笑顔がなかった・・・これがすべてでしょうね。』

昨年の4月1日に立ち上げた宮内庁広報室は、
この英国戴冠式に皇太子として(本人の思い)出席し、
国際交流を華々しく行ったことを派手に宣伝させるための役割だったでしょう。そうすることで天皇にふさわしい立場を強調し、
今上陛下の早い退位を促進させる狙いだったのではないでしょうか??

昨年、上皇ご夫婦の京都訪問が宮内庁から発表されたのは5月1日でした。このことは、英国訪問のあ地には退位を促すこと、
退位後の今上陛下を京都に追い払う布石だったとも思えます。

広報室が目立った仕事をしない時期が長かったのは、こうした事情ではないかと思います。

昨年9月のベトナム訪問は、英国訪問の失敗を上書きするためにどうしても必要だったのではないでしょうか?
だから、内々で国賓待遇を求めたのでは?
そのためにベトナムへの経済援助、2兆9800億円を訪問前に締結したのでは?

さらに言えば、英国戴冠式がうまくいっていたら、ベトナム訪問は今上陛下に回し、海外交流はそれだけで終わらせ、実績が乏しいことの宣伝に使うつもりだったように思えます。

宮内庁広報室が動かなかったのも、このベトナム訪問での
国際交流の上書きができるのを待っていた可能性が大きいように思えます。

そして、見事に失敗したのです。

というか、海外に秋篠宮夫婦が求められてないのが露呈する結果となったのです。

こう考えると昨年の内に行われるはずの英国訪問が、インドネシア訪問になったことや宮内庁広報室が今年度初めに、にわかに動き出したことへの納得がいきます。

これは単なる推理ですが、

彼らの狙いは、今上陛下の5年目には退位を具体化させるつもりだったのではないでしょうか?

頭が休みだと、妄想や推理に拍車がかかるようですね、

今日はここまで

     今日も読んでいただきありがとうございます。❤️

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