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人権について学ぼう

不寛容に抗うために、まず、私たちが有している権利について学ぶことは、大なり小なり必要になります。

社会構造上の問題で棄損されている個個人の権利や尊厳を取り戻すことは、多様性を担保することに繋がります。「私たちはこういう権利を有している」という知識は、現実において権利を獲得していく上で有用です。

また、差別などの権利侵害に反対する上でも、私たちの持つ権利がどういったものか把握することは、
非常に重要です。
カードゲームにおいて手持ちのカードを把握せずに効果的な札を切れるでしょうか。自らの持つ権利(カード)を把握しておかないと、いざという時に使えないものです。
自らの権利をきちんと把握してこそ、いざという時に「これは差別であり、権利を侵害するものであり、決して許されるものではない」とすぐに声をあげることが出来ると私は考えています。
要点を押さえつつ、知識を賢く使っていきたいものですね。

人権とは何か

まず、人権とは何なのかというと、私たち「人間」が当たり前に有しているものであり、先人の「発明品」です。人々が社会を構築し、維持する上で必要な概念として人権が生まれました。
私たちが社会で生きていくために守るべき「建前」と言い換えてもいいかもしれません。

(第一条)すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。
(国連広報センター「世界人権宣言テキスト」より)

人権という「建前」を「綺麗事」と一蹴する人もいるかもしれませんが、その建前に守られているものは確かにあります。
それは自由であったり、財産であったり、尊厳であったり。「建前」を根拠とした法律が存在し、それらが具体的に私たちの生活を守り、不利益や不当な取り扱いから身を守る盾になってくれているのです。しかし当然のことながら、法律は行使しなければ役には立ちません。

「権利の上に眠るものは保護に値せず」という言葉の通り、権利やそれに伴う法律はそれを知り、行使しなければ無用の長物です。

権利が脅かされるその時こそ、私たちはそれを知り、行使していく必要があります。「建前」を、「綺麗事」を声高に主張していく必要があります。それは偽善ではなく、私たちの身を守るためにこそそうする必要があるのです。

基本的人権とは何か/差別との関連

基本的人権は人間の生存にとって欠くことのできない権利および自由で、憲法によって保障されたものをいいます。日本国憲法においては三大原理の一つであり、平等権、自由権、社会権、参政権、請求権からなるものです。

いずれも人権を考える上で重要ですが、差別においては特に平等権、自由権、社会権について考えさせられることが多いように思います。

社会の構造や偏見によってマイノリティに対する不平等が是認されている。自由が制限されている。社会のデザインがマイノリティに対応しておらず、結果的に福祉の利用が制限される状態になっている。
こういった状況をいくつも見聞きしてきました。人権が棄損されることと自由を奪われ、社会から疎外されること(周縁化)は、個人的にとても近いものを感じています。

そして、社会から周縁化された人は果たして生きていけるのでしょうか。誰もが社会構造の中で生まれ、生きることを当たり前とする現代において。
「差別は人を殺す」と言われる由縁はこういう所から来ていると私は考えています。

基本的人権の享有について/差別との関連

権利侵害について考える上では日本国憲法の基本的人権の享有で述べられている内容が個人的に非常に参考になりました。

日本国憲法第十一条
国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない(普遍性)。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利(不可侵性)として、現在及び将来の国民に与へられる(固有性)。

基本的人権の有する3つの性質「普遍性」「不可侵性」「固有性」。これらが基本的人権を保障する意義として欠いてはいけないものとされています。

普遍性:人権は、人種、性、身分などの区別に関係なく、人間であることに基づいて当然に享有できる権利である。

不可侵性:人権が、原則として、公権力によって侵されないこと。行政権はもとより、立法権も、さらに憲法改正権も侵すことはできない。

固有性:人権が憲法や天皇から恩恵として与えられたものではなく、人間であることにより当然に有するとされる権利である。

「差別は地続き。人権は普遍的なものだからこそ、誰かの不当な取り扱いを許せばそれがそのまま自分に跳ね返ってくる」

過去に私が教わった言葉です。差別とはマイノリティに対する不当な取り扱いを是認しているという点において、人権の普遍性に悖るものです。
他の性質も欠くことの出来ない要素ですが、差別を考える上では特に普遍性を強く意識させられます。

どんな民族、性別、性的嗜好、思想、信条、マイノリティマジョリティ関わらず、私たちは同じ人間です。
しかし実際はマイノリティである人々が社会構造上の不利益や偏見、不当な取り扱いに晒されていることがあります。そういう時こそ人権の普遍性という「建前」を行使する必要があると私は考えています。

人権という「建前」を自分なりに実践してみよう

リアルのあれこれを考えると、「人権って言ってもそんなもの守られていない世の中で馬鹿みたい」と思うことも、正直あります。
それでも私はあえてTwitterで「綺麗事」を発信するように努めています。いざという時に「建前」を行使出来るように、思考する必要があると考えているからです。
元々楽天家の気質なので、ポジティブな発信が性に合ってるというのもありますが(笑)

いずれにせよ、どんなやり方でも人権という建前について思考し、アウトプットしたり、権利を行使することは一人一人が出来ることとして大切なことだと思っています。
当たり前だけど大切なこと。だからこそ私は「人権を守れ」という「綺麗事」が綺麗事と呼ばれなくなる日が来ることを願ってやみません。

人権に関する資料として、note末尾にリンクを貼り付けているので参考にして頂ければ幸いです。人権、今だからこそ学んでみませんか?

※現在貼っているリンク以外にも「いいな」と思ったら資料があれば順次追加していく予定です

🍋参考リンク


今まで頂いたサポート、嬉しすぎてまだ使えてません(笑) note記事を書く資料や外食レポに使えたらなと思っていますが、実際どう使うかは思案中です←