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【Dロー】ひとりじゃない夜【うちよそ】

いつだって別れを思って、ロータスは過ごしている。

記憶をなくしていた間支えてくれていた
あの人もあの人もあの人もいなくなったから。
苦しくて悲しくて眠れなくて
ロータスの夜の生活は荒れた。

記憶を取り戻して
大切な義弟が生きてるとわかったとき、
やっと生きる理由を取り戻して、
少しだけ、息ができた。

そうして義弟との再会を喜びつつ
住宅街の片隅で職人仕事に集中してる頃に
彼と出会った。

気難しいさまが義弟と重なって
放っておけなかったので
影に日向に彼を助けた。

小さい頃の義弟を思い出して
近づきすぎず、構いすぎず、穏やかに微笑む。

義弟に似てる、理由はそれだけだったのに、
ゆっくりと、
距離が縮まるのを感じていた。

手負いの獣のような彼から警戒されなくなったのはたぶん、
余りと言ってクッキーを渡した後から。
孤児院に納品するものを多めに作って
簡単に袋詰めして
ロータスはいつもと変わらぬ微笑みを向け
クッキーを差し出した。

最初はボトル売りの水しか
受け取らなかったのになあ
と、ロータスはなんだか微笑ましくて、
少しずつ彼への差し入れを増やした。

その内ロータスの彫金作業を見学したり
帰る前にお茶を飲むようになって、
新しいお菓子に目を輝かせている様子を
隣で見守ることが多くなった。

出会って数ヶ月後。
穏やかな空気の中でお茶するようになった。
もうそろそろ帰る頃だと思って、
隣に座る彼を見た。

口下手なのは理解していたけれど、
流石に驚いて、ロータスは涙が滲んだ。

「どうして、したんですか?」

気の迷いだと言われたくて、聞いた。

ロータスはもう大切な人を側に置きたくなかった。
義弟だって常に側に置かないようにしている。
こんなに近づくつもりじゃなかったのに。

そして、義弟よりも年下の彼は、ぶっきらぼうに言った。

「あんたを好きだと思ったから、した」

聞きたくない(何よりも聞きたかった)ひとこと。
色んなことがロータスの頭の中をぐるぐるしていた。

涙がぽろりと零れて、目の前の彼は恐らく慌てた。

「泣くほど嫌だったのか、済まない」

顔に出ないけれど、しょんぼりとした様子に
ロータスは小さく首を振った。

「そりゃ、何か言う前に、合意なしには、
吃驚しましたけど、でも、」

喜んでしまった。
嬉しいと思ってしまったと。
ロータスは己の身勝手さに涙して、言葉を詰まらせた。

「聞かせてくれ、俺がこうしたことは、あんたを好きだと思ったことは、嫌だったか?」

ずるい聞き方だとロータスは思ったけれど、
やはり小さく首を振って、囁くように答えた。

「嫌じゃない、です」

「……そうか」

腕が伸びてきて、ロータスを捕まえる。
安堵してしまう己に嫌気が差した。
それでも、高い体温に包まれて、ほっと、小さく息をついたのだった。

ロータスがひとりじゃなくなった夜の話。


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