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女坂 男坂 【課題:男と女】

登場人物
小林 沙織(29) OL
石野 宏光(29) 会社員
山口 祐子(31) 沙織の先輩OL

○道(夕)
 パーティードレスを着た小林沙織(29)
 と山口祐子(31)が、引き出物の紙袋 
 を持ち歩いている。千鳥足の祐子、手 
 にしたブーケを眺めながら、
祐子「次の寿退社はアンタかなぁ」
沙織「そんな。次は先輩ですよ、ブーケもキャッチ出来たんだし――」
祐子「別れたのよねー、先週」
沙織「! ……すみません、知らなくて」
 祐子、ブーケを沙織に突き出し、
祐子「だから、次はアンタの番なの!」
 ブーケを見つめて動かない沙織。
祐子「あらっ? 乗り気じゃないね」
 ため息を付いて、
沙織「十年近く付き合ってるのに、プロポーズしてくれる気配ないし……してくれたら、別れなくてもいいかなと思うんですけ――」
 首を大きく横に振って、
祐子「甘い! 別れなさい! 
 そんなはっきりしない男ならおさらばしなさい!」
沙織「!」
祐子「三〇過ぎて人生終わりじゃないの! 早くこっちに来な。
 楽しいわよ、三〇代!新たな気持ちで三〇迎えなさい!」
 豪快に笑う祐子を眺めて、
沙織「別れる……」

○同・リビング〜キッチン(夜)
 荷物とブーケと郵便物を持った沙織が
 入って来る。
 スウェット姿でTVを観ている石野宏光(29)。
 沙織を見ることなく、
石野「おかえり〜。どうだった? 結婚式」
沙織「すっごい綺麗だったよ、花嫁さん」
 石野の前のテーブルにブーケと郵便物 
 の束を放る沙織。キッチンへ向かう。
 郵便物の一番上には『結婚しました』 
   の葉書が置かれてある。
 キッチンから遠巻きに石野の様子を見
   ている沙織。
 石野、一瞥した後、葉書を他の郵便物
   の中に紛れ込ませる。何事もないかの
   様にTVを再び観始める。
 沙織、ため息をつく。冷蔵庫に張られ
   たカレンダーに目を遣る。
 6月30日の欄に『宏光&沙織 誕生日』
   と記されてある。
 TVを観たまま、
石野「そうだ。誕生日、どこ行きたいー?」
沙織「特にないけど」
石野「そんなー。二人の三〇の節目なのに」
沙織「別に目出度くないし!」
石野「行きたいとこ、考えといてよ」
 カレンダーの9日をなぞりながら、
沙織「……」
    ×   ×   ×
 リビングのドアの向こうから聞こえて 
 くるシャワーの音と石野の鼻歌。
 TVを観ながら肌の手入れをしている 
  沙織。TVから、
レポーターの声「ここが頂上に、縁切り神社
があることで有名な、榮倉山でーす」
  沙織、手を止めて、TVに見入る。
  TV画面に、山道を歩いているレポー 
ターが映っている。男坂、女坂と書か 
れた木札の前で立ち止まり、
レポーター「山の入り口から数分歩くと、
こちらの分岐点に来ます」
  縁切り神社前の画面に切り替わる。
レポーター「どちらを登っても神社前に
着きます。急勾配の男坂で早くケリを
つけるも良し、女坂でじっくり時間を掛け、
自分の気持ちと向き合うも良し、ですね」
  縁切り神社の特集が終わる。
沙織「……」
  髪を拭きながら石野が入って来る。
  TVの方を向いたまま、
沙織「誕生日、行きたいとこ、決まった」
  じゃれる様に沙織に近付いて、
石野「おーもう? どこどこ?」
沙織「榮倉山」
石野「エイクラヤマ? 何でそんなとこ?」
  石野を方を向き、首を傾げて、
沙織「……さあー?」
石野「えー! なんだよぉー!」
  はしゃいでいる石野を呆れ顔で見た後、 
再び肌の手入れを始める沙織。

○石野の車の中
 T・誕生日当日。
 渋滞に巻き込まれている石野と沙織。
 イライラして腕時計を見ている沙織。
沙織「私ね、十二時に生まれたの」
石野「へ?」
沙織「十二時には三十歳になるの」
石野「へー。初耳。僕は何時生まれかなあ」
  何か思いついた表情で、遠くを見て、
石野「その瞬間、さおりんと一緒にいられるのかあー。嬉しいなあ」
  窓の外を見てウザそうな表情の沙織。
  車の時計、十時四五分を差している。

○榮倉山の麓・男坂と女坂の分岐点
  それぞれの坂の外側は雑木林である。
  切羽詰った表情で分岐点に来る沙織。
  男坂の木札に『急勾配 所要時間一五 
分』と書かれてある。女坂の木札に、
 『坂緩やか 所要時間三〇分』の文字。
  腕時計は十一時三〇分を差している。
  沙織の背後からヘロヘロの石野が来る。
  石野をほったらかして男坂へ進む沙織。
  男坂と女坂の木札を見比べて、
石野「えー! 待ってぇ。早いよぉ」
  沙織を追いかける石野のジーンズの後 
ろのポケットが盛り上がっている。

○男坂
  速度を緩めず坂を突き進んで行く沙織。
  一層バテテいる石野。
石野「ねぇねぇ、何でそんなに急ぐの? 
何があるの? 山頂に」
  立ち止まり、石野の方を向く沙織。
沙織「事前に調べなかったの?」
石野「……」
沙織「デートの度に同じこと言わせて、
本当に学習しない奴!」
  怒り心頭で再び登り始める沙織、戸惑 
いながらついて行く石野。
沙織「どこ行きたいか、何食べたいか、決めるのいっ
つも私でさ」
  沙織を伺い見ている石野。
沙織「どうして何するにも煮え切らない訳?」
  前を向いたまま、どんどん進む沙織。
  しょんぼりして立ち止まる石野。
  石野に気付き、振り返る沙織。
石野「さおりんが何でも強引に決めるんだろ」
沙織「(怒りを込めた声で)はぁ? 
あなたが何につけても決め兼ねるから私が――」
石野「さっきだって、僕は本当は女坂が良かったんだよ! なんで男坂なんだよ!」
沙織「急がないと三〇になっちゃうからよ!」
石野「なったっていいじゃないか! 
これからもずっと一緒なんだから!」
  石野が一歩踏み出した拍子に、ポケッ 
トからピンクの指輪ケースが飛び出す。
  ケースが坂を転がって行く。
石野「あっ!」
  慌ててケースを追いかける石野。
  ケースを目にして、
沙織「?!」
  ケースを追い掛け坂を下って行く石野。
  腕時計を見る沙織。
  十一時四十分を差している。
  登り坂を見つめた後、考え込んで、
沙織「……別れなくていい……のか?」
  顔を上げ、坂を下り始める沙織。

○男坂〜榮倉山の麓・分岐点
  石野に追い付きそうに走っている沙織。
  沙織と石野の先に転がっているケース。
  坂の終わり付近、坂道を反れてケース 
が雑木林に落ちそうになる。
沙織・石野「あっ!」
  沙織、必死の表情で石野を抜き去り、
  落ちる直前で滑り込んでケースを掴む。
  駆け寄る石野。
石野「さおりん! 大丈夫?!」
  ゆっくり上体を起こす沙織。
沙織「痛っ!」
  石野、沙織の足元を見る。
石野「強く打ったんだろうね。立てる?」
  石野の手を借りて立ち上がろうとする 
が立てず、痛さに顔を歪ませる沙織。
  石野、沙織を見つめ、意を決した顔。
  沙織に背を向けてしゃがむ。
石野「おぶるから、乗って」
  しぶしぶ石野に背負われる沙織。
  女坂の方へと進み登り始める石野。
沙織「……え?」
石野「情けないな、僕。大事な時にトチって」
  沙織、握っているケースを見ている。
石野「頂上で、リトライさせてよ」
沙織「……ん?」
石野「僕だって、このままじゃいけないと思うから、三〇でケジメつけさせて」
沙織「ちょ、頂上でプロポーズ?!」
石野「言っちゃったね、そうだよ」
  石野の背中で暴れる沙織。
沙織「降ろして! いいから降ろして!」
  石野の背中から降り、立とうとするが 
立てず地面に伏せる沙織、匍匐前進で 
坂を下り始める。訳が分からず、
石野「ちょっと何してんの! 無茶だよ!」
沙織「頂上でプロポーズなんて絶対に嫌!」
石野「何でだよ! 頂上に何があるの!」
  キレ気味の石野を見つめ、困り果てた 
顔で首を傾げて、
沙織「……さあー?」
  土で汚れた沙織の手の中のケース。

創作の製作過程を覗きみて、楽しんでいただけたら。