「人が自分を信じ、仲間を信じ、再び歩み出す瞬間」は、泣けるほど美しい。【CRAZY PEEPS カルチャー合宿】
拝啓
僕に出会ってくださった大切な方々へ
何より、”今”を駆け抜け生きている自分へ
そして、これを見返す未来の自分へ
本当にたくさんの変化と前進があったこの数ヶ月を、
この間に出会った人、感じたこと
“みえた”景色を伝えるために、
ここに書き残します。
PEEPS合宿(後述)の振り返り、というよりは、
自分自身に向けて、
この数ヶ月でのたくさんの個人的経験を、”点”を”線”にして残すために書いている部分が大きいので
CRAZYやPEEPS合宿とは関係のない話が多いです(笑)
あと、めーっちゃ長いです(笑笑)
(右のスクロールバーが、めちゃくちゃ小さいし、全然進まないですよね…そうですよね…)
ただ、今この瞬間、この数ヶ月は、自分にとって本当に大切な人生のターニングポイントになっているような気がするので、
ワガママですが、書きたい放題書かせていただきました。
気が向いた方はぜひ読んでみてください。
※「CRAZY PEEPS カルチャー合宿の感想を早く知りたい!」という方は、
目次の「CRAZY PEEPS カルチャー合宿へのお誘い」から読んで頂くのが良さそうです!笑
それでも長いですが…
予想外の”中断”と”はじまり”
ことの始まりは2023年4月10日(月)
今でも鮮明に覚えている。
会社でいつも通り仕事をしていたら、
突然現れた異変
「あれ…?なんかパソコンが眩しい……?」
翌日、眼科に駆け込み、
伝えられた診断結果は
「ドライアイと眼精疲労による羞明
(目が眩しいこと)」
(目が眩しいことって、羞明(しゅうめい)って言うのか)
その後、目薬を処方してもらうものの、オンラインでの朝礼15分に参加するだけでも眩しさを感じてしまい、
挙げ句の果てには、太陽の光や部屋の電気、街頭の明かりなど、生活の中のあらゆる光が眩しくなり、仕事どころか、まともに生活すらできなくなった。
(しばらく休むと落ち着き、会社のパソコン以外は眩しさを感じなくなった。会社のパソコン以外は。)
毎日仕事を早退して、目を休めて、目薬をさし、あずきアイマスクの力を借りて目を労り、何度も何軒も眼科に通い、パソコンの明るさを落として、ナイトモードを駆使し、フィルターをかけて、コンタクトをやめて、メガネの度を落とし、ブルーライトカットメガネを作り、大学病院に駆け込み、藁をも掴む想いでサングラスをかけながら勤務し、今日はどうかとパソコンを起動し、
「やっぱりダメか、ダメかぁ」と、
毎日少しずつ、少しずつ心を折られていくような瞬間が散り積もっていく日々が本当に辛かった。
何をしても治らない。
そもそも原因がわからない。
「もしかしたら、もう二度と今の職場で、今の仕事ができなくなるんじゃないか?」
「というか、画面を見ずには生活にすら支障が出るこの世界では、この先一生仕事ができなくなるんじゃないか?」
これが1番、本当に辛かったし、文字通り「お先真っ暗」になったようで、本当に怖かった。
(一次産業で働くことや、声や耳を生業にする仕事なども、一時期真剣に考えた)
今、人の「縁」を大切にする会社で、
人の「縁」を考え続ける仕事をしている。
長く寒く孤独だった就活の期間を乗り越え、
「自分の仕事や組織に"誇り"を持って働く、生きる人を1人でも増やしたい。自分らしく働く、自分らしく生きる人を1人でも増やしたい。
自分もそうなるんだ。」
と決意し、
人生を賭け、骨を埋める覚悟で選んだ仕事だ。
幸い、大好きで大切な仲間にも恵まれ、
やっと仕事の楽しさ・意義が掴めてきたタイミングで、
もっともっとエンジンをかけて走っていきたいタイミングだったのに、
突然の強制シャットダウン。
「何度電源ボタンを押しても、バッテリーが擦り切れてボロボロになったパソコンのように、すぐに電源が切れてしまう自分」
「この一年間、先輩や同期からもらったものを早く返していきたいのに、何も返せない自分」
「みんなが必死で働いている平日に、1人部屋に篭り、ぼーっと空を見上げる自分」
「何も生み出していない、誰からも必要とされていない(と勝手に感じていた)自分」
今年の初めには、こんなことになるなんて想像すらしていなかったので、
本当にこんな自分がいるのか?とあまり実感が持てていなかった気がする。
会社の産業医の先生にも診てもらうと、
目の精密検査や血液検査には異常がなかったため、
自律神経失調症の可能性があるかもしれないとのこと。
自律神経のバランスが崩れているため、
「仕事するぞー!」
→交感神経が優位になる
→瞳孔が開きすぎる
→会社のパソコンを見るとき”だけ”眩しい
という皮肉のようなロジックが成立してしまっているのではないか、という結論。
本当に皮肉でしかない。
実際、眩しいのは会社のパソコンだけになっていた(笑)から、
ウソだと信じたいが、消去法的にそれ以外の可能性が考えられなかった。
結果として7月から3ヶ月間の休職。
(図らずも、2回目の人生の夏休み到来 笑)
そして、本当に皮肉で、奇跡的なタイミングで発覚した、右足の疲労骨折。
全治2〜3ヶ月で、おそらくの原因は走りすぎ、登りすぎ。
こんなの部活現役時代にだって経験したことなかったのに…。笑
せっかく時間ができたのに、
自然、登山、旅、ランニングが大好きだった自分から、それらすべてが奪われてしまったことが信じられなかった。
ちなみに今年は本厄。
厄がどうとか、正直人間の解釈の問題でしかないと思っていた自分が、ちゃんと熱田神宮でお祓いしてきたんだけどな…。
部屋で奉っている御札がホコリまみれだったのが良くなかったのかな……
(すぐにホコリを払う自分)
そんな自分に、
事業部長がかけてくださった言葉
かけがえのない同期がかけてくれた言葉
周りの人たちからのあたたかい言葉に支えられ、
「せっかくの機会だから、今できること、かつ、心が赴くことを全部やってみよう」
となんだかんだ日々を楽しんでいた。
当時の自分にとっては、明らかに”中断”だったけど、
今思うと、”はじまり”だったんだなぁ。
“拠り所”であり、新しい”居場所”になったCRAZY PEEPS
2023年7月末、ひょんなことから
ずっとお世話になっていて、僕にCRAZYという存在を教えてくれたあっきーに再会し、
数年ぶりにみなみさんに再会し、
あれよあれよという間に、謎のコミュニティ”CRAZY PEEPS”に足を踏み込んでいた。
ふむふむ…ふむ……
おそらく、客観的に見たらよくわからんが、
ずっと前からCRAZYのことは大好きだったし、人と話すのは大好きだったので、迷いはなかった。
社員やPEEPSの皆さんとランチをしたり、シェアオフィスにお邪魔したり、一緒に植物に水やりをしたり、周囲の人たちには説明が難しかったが、それはそれは楽しい時間を過ごさせてもらった。
(社員の皆さん、PEEPSの皆さんが、快く迎え入れてくださったから、今の僕があります。本当にありがとうございます)
CRAZY PEEPS カルチャー合宿へのお誘い
同時に紹介して頂いたのが、8月末にライジング・フィールド軽井沢で行なわれるという
「CRAZY PEEPS カルチャー合宿」
CRAZYが毎年行っている社員合宿の擬似体験を通して、CRAZYのカルチャーをPEEPSの方々に届けるというものらしい。
数年前からCRAZYを追っかけていたからか
言わんとすることはとてもよくわかったが、
冷静に考えるととてもよくわからないとも思う。笑
直感的に、とても興味があったのでカレンダーを見ると
同じ日にちょうどフェスの予定が被っている……..。
楽しみすぎて、3ヶ月前からコツコツ計画してきた楽しみすぎる予定。
詳細は省くが、一度は断ったものの、やっぱり行くことに決めた。
この時、この意志決定をした自分を大いに褒め称えたい。
(自分からフェスに誘ったのに、みんな本当にごめんね。また来年行こうね。)
とても恥ずかしいが、その時、みなみさんに送った文章を、自分のために残しておく。
こうして僕は、大きな扉を開けました。
合宿前から決めていたこと「僕はこの"場"をどう生きるか」
合宿は、「考え方のインプット」・「仲間との対話」・「シェア」を参加者みんなで行いながら、CRAZY代表の森さんが進行するらしい。
本当に楽しみにしていたフェスも泣く泣く諦めて、
参加費も払って、
わざわざ軽井沢にまで行くんだから、
この機会を絶対に無駄にしたくない。
絶対に。何があっても。
足りないキャンプグッズも、虫除けスプレーも、
すべては合宿の"場"に集中するために準備した。
体調管理も徹底的に行った。
PEEPSメンバー向けに公開されている「社長森さんの全社会議トーク動画」を徹底的に見尽くして、
自分が2日間の"場"をどう生きるか決めた。
合宿中、ずっとスマホの待ち受けにしていたのが以下。
合宿中は、インプットしすぎた情報に囚われないように、振り回されないようにするのが大変だったけど(笑)
合宿に行く前から、"何か"が始まっていた。
合宿中に気づいたこと、気づかせてもらったこと「僕は、ただただ"僕がいる"ことに気づいて欲しかった」
合宿の初めに、森さんが僕らに贈ってくださったのは、3つのグランドルールだった。
頭、思考では簡単に理解できる。
「うんうんわかったわかった。そうだよね。大事だよね。」
……が、言うは易く行うは難し。
決して侮ることなかれ。
この3つをちゃんとやり切るって、本当に難しい。
本当に。
油断するとすぐに、体はあるが、精神がどこか遠くにいって上の空になり、存在度が100%を切ってしまうし、すぐに判断をして、結論を出しそうとしてしまう。
人間って、ずいぶん生き急いでるんだなぁ(笑)
嘘だと思ったら、ぜひ一度CRAZYの社員さんや、合宿に参加したPEEPSの方々とやってみて欲しいです。
*****
少し、昔話をする。
幼少期の頃、父親の仕事の関係で家族揃って海外転勤し、
幼稚園の3年間はベルギーのブリュッセルで過ごした。
この話をすると「すごいね!」「貴重な経験だったんだね!」と言っていただくことが多いが、
一番記憶に残っているのは「寂しい」という感情だった。
幼児の"吸収力"は凄まじいらしく、
当時は日本語もフランス語も喋っていたらしい。
ただ、語学力はたかが知れていた気がするし、
そもそも、根っからのジャパニーズシャイボーイが、家族の次に接した"社会"が、
ベルギー人とフランス人のコミュニティだったと思うと、とても過酷で残酷だった。
仲が良かった友達がいたのか、いなかったのかすらも覚えていないし、
「怪我をして頭から流血しながらギャン泣きしているのに、先生すらかまってくれず、
淡々と帰りの会が進んでいく、地獄のような光景」が今も脳裏に焼き付いている。
当時、事実としてどんな幼稚園ライフを送っていたのかはわからないが、
ただただ、
「寂しかった。1人は嫌だった。」
という感情だけか強く心に残っている。
チームメンバー4人に対してこの話を打ち明けると、みっきーさんが問いかけてくれた。
んーー………..
「大丈夫だよ」と言ってあげたいんですが、
あんまりピンとこないです…(困)
僕は話を続ける。
日本に帰ってきてからというものの、
「人から認められる、求められるための手段」として、
ありとあらゆるリーダーをやってきた。
学級委員、生徒会、団長、やれるものはすべて手を上げて、皆の前に立って、やってやってやりまくった。
でも、目的が「他者からの承認」にあるままでは、限界が来た。
実現したい理想はあるのに、
他者から否定されること、間違えることが怖くて、足がウソみたいに動かない。
できない自分を見せると失望されるんじゃないか、という恐怖に毎日のように押し潰されそうになる。
あらゆる"雑念"が僕の足に絡みついて、
挫折してしまったことがあった。
ここまでの会話の詳細は忘れてしまったが、
何回かキャッチボールをした後、
みっきーさんがこんなことを語りかけてくれた。
あぁ、そうだった。そうだったんだ。
テストでいい点を取らないと、
仕事ができないと、
成果が出せないと、
なんでもできる自分でいないと、
僕の存在が認められなくなってしまう。
「わかってるくせに。気づけよ!ねぇ気づいてよ!!ぼくをみてよーー!!!」
そう叫ぶ自分に、
ずっと気づかないフリをしてきた。
もちろん、結果や成果はとても大切だが、それだけではない。
“僕の人生の価値”と、”僕自身の課題”は、
全くの別問題。
そんなことはわかっていたはずなのに。
僕はそんな苦しい世界で生きていて、
窒息ギリギリの状態で泳いでいた。
みっきーさんが、再び問いかけてくれた。
言葉はほぼ変わっていないかもしれないけれど、
今の僕なら、こう声をかけてあげる。
*****
そういえば、と思って、20年ぶりに幼稚園(ジョリボア幼稚園)を調べて見たらGoogle Mapで場所だけ見つかったので載せておく。
フランス語読めなすぎて、いまいちピンとくるHPは見つけられなかった。
死ぬまでにもう一度、帰ってみたい。
合宿を経て宣言したこと「僕は"今"、自分の人生をどう生きているのか」
合宿の最後に、「自分はこれからどう生きるのか」を発表する場があった。
各々、「今のあなた」について
「考えていることを説明するのではなく、
感じていることを伝える」のだと言う。
「プレゼン(説明)とシェア(感じていることを伝える)のは別物」
とも言われたが、
ずいぶん言い得て妙なように思えた。
1日目の中だけでも、いろいろ保留にして、これでいいのか?と不安になり、自分の意志がどこにあるのか見失いかけ、とにかくたくさん揺れ動いた。
それでも突き詰め続けた2日目の朝、自分の中はすごくクリアで、
ただ自分の中に"ある"ことを確かに感じていた。
未来の僕のために、
発表当時の曖昧な記憶と、今感じていることをあえて混ぜて書き起こすと、
僕は今、このように生きています。
「人が自分を信じ、仲間を信じ、再び歩み出す瞬間は、泣けるほど美しい」
合宿中も、合宿後も、感じたことは本当に本当にたくさんあった。
ここに書きたいこともまだまだ本当にたくさんあるけれど、
帰路につく中でふつふつと湧き上がり、
みなみさんとみっきーさんに思わず送ったものをそのまま貼り付ける。
「人が自分を信じ、仲間を信じ、再び歩み出す"勇気"」が、
本当にたくさん"みえた"のが、
合宿の二日間だった。
決意の朝に
合宿で経験したすべてが、
「決意の朝に(Aqua Timez)」という曲にすべて詰まっている
(言いたいことをすべて代弁してくれている)ことに気づき、帰りの新幹線の中で聞いていた。
2006年、今から17年も前の歌だけど、
歌詞が、歌詞が本当に良い。
本当に、良い。
とのこと。
このレビューが的確すぎて絶句したので、力を借りる(笑)
ちゃんと、"歌詞を聴いて"くださいね。
この歌は、映画「ブレイブストーリー」(2006年)の主題歌として書き下ろされている。
「ブレイブストーリー」は、
一言で言うと「勇気の物語」。
(直訳でしかないけどw)
でも、本当にその通りで、
僕らが合宿で必死にやったことを、
大の大人でも簡単にはできないことを、
主人公が”勇気”を持って成し遂げる物語。
こんなことを真面目に書いていると、なんだか馬鹿らしく、恥ずかしくなってくるけど、本当にそうなんだから仕方がない。
小学生の自分がこの映画を初めてみた時から
大人になった今までずっと、
なぜかこの映画が心に残っていて
原作も全部読み漁っていたのは、
この合宿で気づいた自分が、
ずっとそこに”いた”からだったのかな。
原作の小説(宮部みゆき)の方が内容盛りだくさんで面白いけれど、
興味があればぜひ観て、読んでみてください。
今更ながら:僕は自分のことを書き、発信するのがキライです。
今は時間がある分、感じていることをしっかりしたためようと思ったら、
「超・長編note」になってしまいました(笑)
ただ、この数ヶ月は、自分にとって本当に大切な人生のターニングポイントになっているような気がする、いや、既になっているので、
もしもこの先露頭に迷った時に、僕の"オリジン"に立ち返ることができるよう、
ワガママですが、書きたい放題書かせていただきました。
ここまで読んでくださり、
本当にありがとうございました。
(9,753字=原稿用紙 約24枚分…です…。あえて最初には言わなかったけど…。夏休みのコンクールか何かに出そうかな………)
もし何か感じたことがあれば、ぜひ教えてくれたら嬉しいです。
一緒に、あなたのことや僕のこと、僕たちのことについてお話しできたら、嬉しいです。
ちなみに僕は、
「今考えていることや感じていること、個人的な体験を書き起こして、世間様に公開する」
のがキライです。
(noteは好きなのでよく読みます笑)
なぜなら、自分の未熟さを世界に曝け出しているような気がするから。
後から自分で読み返すと、「当時の自分の情けなさ・未熟さ」が自分に突き刺さる気がするから。
「何言ってるんだコイツ?」と思われるんじゃないか、という恐怖があるから。
(これが本当に本当に怖い。大切な人たちが離れていってしまうんじゃないか、理解されなかったら1人になってしまうんじゃないか、と。)
でも。
今日は、そんな僕自身も受け入れて、書き残し、発信してみようと思います。
あの二日間、
もっと言えばそのずっと前から、
奇跡みたいに巡り逢えた
大切な人たちの"あたたかさ"に支えられ、
僕も、もう一度僕を信じ、歩み出すことができました。
僕は、会社でもなく、誰でもなく、僕自身の人生を生きています。
本当にありがとう。
2023年8月30日
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●最高すぎていろいろ”みえる”写真たち
Photo by エヴァさん、ゆうさん、みなみさん、みっきーさん
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