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雑文|AnniversaryⅡ いつもの花屋で

毎年その日のおよそ1か月前くらいになると、頭の中でピコン!という通知音がなって、これもまた頭の中にしか存在しない、気になることリストに項目がひとつ追加される。

そのあと、まず最初に行なうのが当日の曜日をカレンダーを見て確認すること。その日が土曜か日曜なら最初に向かうべきは、勤務先とは逆方向の街にあるお店でほぼ決まりだが、これが平日となると仕事帰りに立ち寄れそうな店をいくつかピックアップし、巡る順番も思案する必要がある。

幸いにも今年は土曜日だった。こうなれば、あとは目指すお店に目当ての品が入荷していることを只々祈るばかりである。もしも、置いていなければ、最悪の場合は冬の街を延々とさまようことになってしまう。それだけは避けたいが、当日朝の情報番組の星占いの結果は可もなく不可もなくといったところだった。

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僕の妻は昔からプレゼントされることに気兼ねする。だから、毎年の記念日にはいつしか控えめなショートブーケを贈るようになった。付き合い始めてすぐのころの何気ない会話の中で彼女がふと口にした好きな花の名前。それをずっと覚えていた。でも、その花の開花時期が本来は春頃だと知ったのは記念日に花を贈り始めてしばらく経ってからのこと。

それ以来、僕はこの時期になると季節外れの花を求めて街に出る。何年か前に勤務先近くのお店で主役にしてほしい花の名前を告げて花束を予約したこともあったけど、当日受け取ったときにその花の色と形がイメージしていたものと違っていたので、それ以降は実際に店頭で花を見てからその店で花束を作ってもらうかどうかを決めている。

花屋にこだわるのにも理由がある。これまで何度も利用している今年向かったお店は、アレンジメントを行なう店員さんこそ毎年違うけど、誰が担当しても仕上がりに間違いはなく、その店で買った花束を妻に渡す瞬間は自分が作ったわけでもないのに、いつも誇らしかった。

そんなこともあって、今回花屋の店先にその花を見つけたときは心の中で思わずガッツポーズをしてしまった。はやる気持ちを抑えて極めて冷静に店員さんに声を掛け、用途や贈りたい花束のイメージをひと通り伝え終えたところで予算を尋ねられた。作り手のセンスや想像力を阻害したくないから金額にはあまりこだわらないが、僕のほうからサジェスチョンしなければ話が進まないのも事実だった。

ゼロの数は店に行く前から決めていたけど、左端の数字に悩んだ。頭の中には去年の予算と同じ数字を含むふたつの奇素数があったが、最近は色々な物の値段も上がっているとの判断から結局は大きいほうの数字を選んだ。その後一旦その店を離れ、指定された時間に再度訪れたのだが、手渡された花束の入った紙袋を覗き込んだ瞬間の驚きと感動は何度味わってもいいものである。

特に今年は予算を増やしたことで猥雑になりはしないかと不安に感じるところがあったので、概ねイメージ通りの仕上がりになっていることに胸をなで下ろした。逆に昨年と同じ予算なら貧相に見えたかもしれないなと、ちょっとぞっとした。

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朝の星占いが示していたラッキーナンバーが、最後まで悩んだ花束の予算の左端の数字と同じだと気づいたのは自宅に戻ってからのこと。その偶然性に驚かされた。

毎年のことながら、この日はいつも以上に色々なことが起こり、様々な感情が胸に去来し、慌ただしく過ぎ去る。でも、贈った花がダイニングテーブルの上の花瓶に移され、あたかもずっとそこに佇んでいたかのような光景を目にすることができれば僕はそれで満足なのである。







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