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Ars longa, vita brevis.
スムーズな寝付きのため、就寝前に行うその人独自の習慣のことを入眠儀式と呼ぶそうだ。僕はJVCケンウッドのミニコンポを買って以降はほぼ毎日と言っていいくらい、小さな音量で音楽を流しながら眠りにつく。よく聴いているのが2020年に坂本龍一氏がオンラインで行なった無観客のピアノコンサートのライブ音源を収めたアルバム『Playing the Piano 12122020』。
僕にとって、心とからだをスム
UNTITLED REVIEW|白いものたちの
雪深いまちで一度だけ冬を越したことがある。確かに現在いる場所にも雪は降る。でも、夜半過ぎから早朝にかけてのどこかの時間帯で聞こえてくる除雪車のエンジン音に眠りを妨げられることもないし、朝の通勤がスノーブラシを使って車の雪を下ろすところから始まることもない。かつて暮らしたまちには雪が深く根を下ろしていた。今では朝目覚めて、辺り一面が雪に覆われたりしていても、それを非日常空間を作り出すためのサプライズ
もっとみるUNTITLED REVIEW|訳者で本を選ぶ
以前から韓国文学というジャンルが気になってはいたものの、書店の新刊コーナーで面陳列されていたこの短編集を手に取る決断に至らしめたのはあくまでも本書のタイトルだった。
それは三連休を直前に控えた金曜日の午後に起きたいくつかの事件が僕の心を曇らせていて、少しでも元のニュートラルな状態に近づけたいと、そのきっかけを求めて日曜の朝に自宅近くの大型書店へと出かけたときの出来事だ。そのタイトルを目にしたとき
UNTITLED REVIEW|夢想或いは予感
村上春樹氏がこの小説を訳さなければと思ったのは2010年のことらしい。ご自身の手がけた日本語版が2012年に刊行される際、あらためて作品を読み返したそうだがそこにはまた違った種類の重さと違った種類の感銘があったと『訳者あとがき』に記されている。その文章が書かれたあと、僕らは長きにわたる世界の沈黙を経験し、新たに開かれたいくつかの戦端を目にした。
村上春樹氏に比べれば、僕なんか浅薄で中味のない人間
走る話|ホカオネオネのランニングシューズに買い替えた話
ランニングの際に手袋が必需品となってしばらくしたある日、走り終えて自宅の玄関でふとシューズのソールを見ると新品の時よりも結構減っていた。これがマイカーのタイヤの溝なら雨の日には怖くて運転できないくらいに。よく見ると、ソールのサイド部分にも多くのシワが入っている。それだけ多くの衝撃を吸収してきたということだから機能的にはかなり劣化しているのだろう。というわけで、現在のシューズに交換して1年という節目
もっとみるUNTITLED REVIEW|画一化する世界
この小説に関するレビューをウェブ検索してみると、これまで崇高なものと信じて疑わなかった多様性という言葉に対する自身の価値観を根底から覆され、打ちひしがれているとの趣旨の声で溢れている。僕は自分の読んだ本と同じ題名の本を別の誰かが読んだところで聞こえてくる本の声風や論意に違いがあって当然だと常々思っているから本来であればわざわざ文章にすることもないのだろうけど、今回の場合は本から受ける印象があまりに
もっとみるUNTITLED REVIEW|企業人のパトス
これまでも「定年退職」という言葉を漠然とイメージすることはあった。だが自分の定年退職を明確に意識したのはその日が初めてだったかもしれない。会社が在宅ワークを推奨するようになって久しい。最初は慣れない自宅での仕事に戸惑ったが、満員電車に揺られてのストレスフルな通勤や言葉を慎重に選びながら部下に指示を出さなければならない時代へのもどかしさから一旦解放されてしまうと今さら元々あった日常に戻れない。妻と会
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