リレー企画「あなたが愛した負けヒロイン」⑥

どうも。負けヒロイン研究会です。2016年以降のヒロインがさっぱり出てこないことで有名な本企画ですが、第六弾にしてなんと約1000年前の負けヒロインに関してご寄稿頂きました。ペシミ(@pessimstkohan )さん、本当にありがとうございます!

※この記事には『源氏物語』のネタバレが一部含まれる他、多数の独自解釈が含まれます。目次など見て苦手な方はブラウザバックしてください。






 負けヒロイン愛好家の皆様こんにちは、ペシミと申します。
 私の紹介する負けヒロインは「六条御息所」(ろくじょうのみやすんどころ)です。

 六条御息所は『源氏物語』に出てくるヒロインの一人であり、作中最速の敗北を喫することで知られています。今日は六条御息所の魅力について、十二単よりも重層な文章にてお伝えしたいと思います。

 そもそも『源氏物語』とは何なのでしょうか。その名を知らぬ日本人は存在しませんが、内容を忘れてしまった方は多少いらっしゃるかもしれません。そんな方のために、軽く『源氏物語』、ひいては当時の生活について説明しようと思います。

源氏物語とは?

 源氏物語の作者である紫式部は平安時代を生きた作家兼歌人です。「式部」というのは、当時の政治制度(律令制度と呼ばれます)における省の一つであり、現代の会社でいうところの「人事」や「社内行事の運営」を行っていました。よって、「式部」とは彼女自身の名前ではなく、役職の名前です。ただし、これは紫式部が式部省の人間だったという意味ではありません。紫式部は女性ですので、式部省に勤めることはできません。当時は、自分の家の中でもっとも位の高い人の役職名を名前につけるという風習がありました。清少納言の区切りが「清」と「小納言」に分けられるのは家でもっともくらいの高い人が小納言という役職だったからなんですね。ちなみに「式部」も「少納言」も偉さは同じくらいです。

 平安時代、紙は超貴重品だったため、ただの女官であった紫式部が容易く手に入れられるはずはありません。たまに入手しては物語を書き、身内だけで楽しむという小規模同人サークルみたいなことをやっていたのですが、その評判を聞きつけた藤原道長が娘の家庭教師として呼びつけたわけです。自己満足で書いていた一次創作が評判を呼びスポンサーがついたわけです。羨ましすぎる。
 かくして、紫式部は為政者という強すぎるバックグラウンドのもとで続編を書き始めます。その結果、54巻にも及ぶ超大作ができあがったわけです。

六条御息所とは?

 六条御息所は、源氏物語の主人公である光源氏が初めて恋をするヒロインです。彼女は元々、「東宮」という、将来の天皇候補の妃でした。しかし東宮に先立たれ、知性・教養・美貌・気品のすべてを兼ね備えた完璧未亡人として登場します。年齢は諸説ありますが、「賢木巻」では30歳とされています。うーん、いいですね。

 個人的には、年上は5歳以上の差があると輝きを目指すと思うんですよね。2、3歳上だと、年上というより先輩属性が強くなる傾向があり、「お姉さん」というより「お姉さんを装ってるけど実は抜けてるところもある先輩キャラ」として人生を全うしてくれ……という気持ちが強まります。

 はじめ、光源氏は歌を習いに六条御息所のところに通っていました。通うにつれて自分に懐いている光源氏に心を開くようになり、ついに御簾をくぐらせてしまいます(平安時代、女は男に顔を見せてはいけないとされていましたので、男女が会うときはカーテンのようなものをぶら下げていました。フィクションもびっくりの一目惚れ至上主義なので、見せる=恋仲になるということです。古語の「みる」という単語は「結婚する」という意味を持ちます)。

 僕も色々と源氏物語のマンガ版を読みましたが、イラストが一番好きなのは圧倒的に『はやげん!』です。その名の通り読み終えるスピードを意識し、かわいらしいキャラたちによる恋愛劇を一瞬で読めてしまいます。

画像1

図1 『はやげん!』18ページ。逢瀬を迫る光源氏。

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図2 『はやげん!』19ページ。六条御息所の最高の瞬間。

 上の引用画像を見て頂けば分かるとおり、もう最っ高ですよね…………
 僕も年上お姉さんに勉強教えてもらっていっぱい褒められたいです。大学疲れました。

年上お姉さんの素晴らしさ

 常々思うんですが、年上お姉さん好きという嗜好は生物として至極真っ当だと思うんです。自分より人生を長く生きている人間に従い、守られたいという欲望はどう考えても自然じゃないですか。特に六条御息所の場合は金も地位も名誉も学も品もあるわけですから、愛さないという方が異常でしょう。

 最近見た年上コンテンツだと、『きれいなお姉さんに養われたくない男の子なんているの?』や、

『甘えてくる年上教官に養ってもらうのはやり過ぎですか?』

『【関西弁ASMR】UNLUCKY LOVE 〜関西弁のお姉さん〜【耳かき・マッサージ・子守唄・添い寝】』などが良かったです。

 一方で、年上お姉さんはズボラでも抜けてても輝ける点が素晴らしいです。六条御息所みたいに完璧じゃなくても、年上らしくしっかりしていなくても魅力的というのが矛盾してるようで真理なんです。そうするとなぜか「養ってあげたい」という気持ちになってくるから不思議ですよね。こちらの系統では、

『【耳かき&添い寝】圧倒的添い寝CD 〜ズボラなお姉さんにまったり癒されちゃう〜【CV:上田瞳】』

『ちょっぴり年上でも彼女にしてくれますか?』

『ダメなお姉さんでも好きだよね?』などがあります。

 いやぁ…………やはり年上は世界を救いますよ。余裕があってもなくてもお姉さんは良い。自分より長く生きてる時点で人間として尊敬できるから。

源氏物語における「おねショタ」的構造

 本題に戻りましょう。六条御息所が年上お姉さん属性を持っていて最高だよね、という話でした。

 『源氏物語』は、このタイミングで「おねショタ」構造が発生します。名作を馬鹿にする意図は全くないことを先に述べておきますが、源氏物語はその後の創作すべてに影響しているんです。「すべての作品は源氏物語に通ず」と言っても過言ではありません。

 源氏物語が恋愛物語である以上そういったジャンルの系譜が見られることは当然です。だって光源氏、マイケル富岡なんか比じゃないくらいのプレイボーイですし、(これは光源氏に限らず当時の傾向として)浮気・不倫は当たり前です。これで純粋な視点のままでいろというのがおかしい。

 源氏物語にはすべてがあります。ツンデレも、NTRも、BSSも、負けヒロインも。その上で、六条御息所は「メンヘラ」「ヤンデレ」「おねショタ」「負けヒロイン」と、あまりにもカルマを背負いすぎてるんですよ。お腹いっぱいです。

 「おねショタ」の構造が発生していることに関しては先に述べたとおりですが、個人的には「"おねショタ” が ”ショタおね” になる瞬間」に芸術的な美しさを感じるんですよね。何と言いますか、弱かったジャンプ主人公がひたむきに努力した結果、いつの間にか作中最強になっている、みたいな展開と似た高揚感です。

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図3 『僕のヒーローアカデミア』、いつの間にか強くなっている緑谷出久。

 おねとショタの優位性に関する感情をグラフ化しました。X軸は作品内での時間経過で、Y軸の値が高いのは関係における優位性が高いこと示しています。

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図4 おねショタに関するグラフ

 交点でビッグバンが起きるんです。歴史が変わります。アメリカがイギリスを抜き去ったときくらいの疾走感があります。

 何が言いたいかというと、六条御息所と光源氏の関係がめちゃくちゃ良いよね~という話です。

 しかし、この後、光源氏は偶然であった「夕顔」という一般人に熱を上げ始めます。市井の人間とは思えないほどの和歌の教養や美しさに光は惹かれ、六条御息所のところへは足が遠のきます。六条御息所からしてみれば、身分がずっと下の女に光が取られて悔しいに決まっていますし、なにより捨てられることで自分を否定されるのが辛かったのでしょう。なんと、六条御息所は夕顔を無意識下で呪い殺してしまうのです。ヤンデレですね。

 なろう主人公もびっくりの能力を使い始めた六条御息所ですが、タチが悪いのは光と縁が切れたわけではなく、完全に都合の良い女として扱われてしまうところですね。「浮気する光は許せないけど、でも嫌えない…………」というジレンマに陥っていた矢先、事件が起こります。光の正妻である葵の上が懐妊するのです。光と葵の上は婚約関係であるというのに、仲があまり良くないことで有名でした。「仲悪いのになんで懐妊してんねん!」となった六条御息所は、その後起こった葵の上との直接的なトラブルもあり、またまた呪い殺してしまいます。愛が重いですね。

 ただ、光はそれが六条御息所の仕業であることに気づき、ここでようやくお別れがやってきます。恋は終わりました。六条御息所は負けてしまったのです。

年上であることの難しさ

 「年上のジレンマ」というのがあります。
 自分が相手より年上であることが障壁となり、素直に相手を愛せない。けれど、やっぱり好き…………となってしまう状況のことです。僕が今考えました。負けヒロインではありませんが、『言の葉の庭』の雪野先生の心情を想像してもらえば分かりやすいと思います(もちろん、雪野先生の場合は教師という立場としての葛藤もあったわけですが)。

 年上キャラは往々にしてこれが原因で負けがちですよね。
 全然関係ないんですが、俺ガイルのシチュエーションゲームで、雪ノ下陽乃ENDだと、最後に「契約の更新……、する?」って言ってくるんですよね。これめちゃくちゃ良くないですか。付き合うことを契約というのも素晴らしいし、雪ノ下陽乃の素直になれない感じとか、まさに年上のジレンマに引っかかってる変な構え方をしててミスってるとことか、諸々含めて天才ですよね。

(12:22秒あたりから)

 そんなジレンマに苦しむなか、光という恋人に捨てられてしまえば、当然恨みも持ちます。「私は誰より光を愛してるのに!」という感情がいつの間にか女を殺すこととなり、その愛の重さゆえに光にフラれてしまう御息所。なんとも不憫ですね。

 結局、御息所は死後も物語に出てきます。光源氏を呪う役として長いこと抜擢され続けているのです。もう亡くなってるんだから、せめて後味はいい感じにしてくれよ……と思ってしまいますよね。扱いが酷すぎます。悪いのはぜんぶ光源氏なのに。

 以上のように、六条御息所はベストオブ年上お姉さんキャラで、源氏物語は最高の物語です。彼女の負けっぷりはさぞご飯がすすむことでしょう。ぜひとも、原典で勇姿をご覧になってください。

※この文章における源氏物語の解釈は個人の感想であり見解です。

【参考】

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