ViANKiEの歌声に思う

私がこの子の歌に気づかされたのは偶然だった。

YouTubeが偶然選んだこの曲を聴きながら私は夜の街を歩く。
その時、ふと頭に一つのイメージが結ばれた。

裕福で、若く、美しい女性。彼女は家に帰り、シャワーを浴びる。
先ほどまでの喧騒を離れ、一人になると思うのは本当に欲しかったもの。
誰もがうらやむような彼女が実はみんなと同じように満たされていなかったなんて誰が思うだろうか。


自分には一生縁のないそんな女性の抱える苦しみ、
何よりもそれを綺麗だと思ったのは間違いなくViANKiEさんの歌の力だ。


彼女の歌声を評して私は「詫び寂び」と言った。その時は何となくそういったのだけど、深く検討すればそれが間違いではないと思い至る。
詫び寂びの概念をさっくり説明できる程私は風流人ではないので、
下手くそなりに説明すると「作為を払った素直さ」、「そのものが持つ本質が現れる様」と解釈した。
まさしく、私が歌から受け取ったイメージではないか!
とするのは牽強付会というものだろうか?
そうお疑いの向きは是非一度ViANKiEさんの歌声を聞いてみてほしい。
夜の繁華街が似合うような、冬の星座の下が似合うような彼女の深く豊かな歌声を。

今週には名曲「命に嫌われている」を歌われるそうで、この曲をどう彼女が歌いそして私たちに何を届けてくれるのか、今からとても楽しみである。

※20/01/18 追記

今までも様々なカバーがある曲だが、ViAさんが歌う「命に嫌われている」はまるで噛み締めるようだ。
確かに強さを感じる。が、それは抗うような、戦うような強さではなく、耐え忍ぶ強さのように響く。歌詞とは正反対だがそんな印象を受けたのだ。
まるで現実を知りながらも夢を捨てきれない『僕』が人知れず夜に歌うように。
彼女の歌声はまた一つ名曲の違う一面を掘り起こしたのだ。

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