短歌連作サークル誌「あみもの」第三十六号を読む


あけましておめでとうございます。いつものやっていきます。


そういえば誰の秘密も知らなくてさみしさにバレエを踊りだす/ひかる

「誰の秘密も知らない」ことを、「そういえば」で気づく感じ、わかるな・・・って思います。と同時に、他人の秘密、一つも知らない、は、少数派なのかもしれんです。下句やや安直かもですが、導入のラインがとてもいいところ。

白黒のフィルタ加工でこの街を知らない街のように扱う/書いてる同人「徒党」

モノクロ加工するだけで「知らない街」っぽくなる、という心象が、万人ウケ(共感)はされんだろうし、僕もしないほうなんですが、そのなかで「共感する人いそう」って予感をもたらしてくるもの、他人の心って感じがしていいなと思います。

石蹴りはもうしないからこの道で蹴られて怪我をする石はない/屋上エデン

結句の「石」はふつう「人」なので、そっちかい、と突っ込むことになる歌で、そういうのって引力、なんだよなあ・・・ただのずらしじゃなくて、人のいない景を立ちのぼらせているから、そっから先の読みどころがあるのが嬉しいです。

ウミウシが待ち受けだって知ってからビビッドカラーが全部ウミウシ/茅野

「ウミウシ」で、そこまでいけるんだ・・・ってなっちゃうんですけど、それがまぶしくて、意外と把握も正確なんじゃないかなあという気がします。脳みそのイメージ連関のしかたって、こんなふうだと思う。ビビッドカラー→ダイレクトにウミウシ。

床にあることは知ってて爪切りがすぐ見つかった 机に戻す/田中はる

そう、場所が分かってたって、探さなきゃいけないんだよな、見つけたら、戻さなきゃいけないんだよな、という、「楽に見つかった」「とはいえ」「払わなければならない行動コスト」を、丁寧に描いてくれてる、「描きたかった」が、いいですね。

大胆な出鱈目を言ふパソコンのバックアップの残り時間は/寺阪誠記

これはたぶん万人受けするほうのあるあるなんでしょうけど、あのぐわっと変わる残り時間のことを「大胆な出鱈目」って言葉で思ったことはなくて、これからはこの言葉で思おうと思わされる、コピーライトの本質が入っている歌です。

たぶん違法アップロードの楽曲が二人を満たす夜のドライブ/真島朱火

僕が勝手に面白がりすぎているだけかもですが、「たぶん」ってすごいなあと。違法かどうかはわりと白黒つくはずなので、この「たぶん」は、楽曲というより「その人」にかかってると思うんですよね。それが「二人」を掘り下げてます。

さっきまで明日と呼んだこの朝はふたりのなかを流れないから/西鎮

なんだろう、この歌には、眠りの数時間が、あるんですよね・・・今は「朝」で、「明日と呼んだ」のはその前の晩のはずで、それを「さっき」で把握しているので。それが下句の感慨をはっきり断絶に導いているように思います。

久々にマジの野良犬を見かけて申し訳ないけど目を逸らしたよ/他人が見た夢の話

そうだ、「マジじゃない野良犬」おるわ! と思わされたのがよかったです。飼い主がわからんだけで飼い主のいなさそうな犬、が、野良犬っぽいのの多くを占めているんじゃないか、は、生活周辺の観察が鋭いです。言ってることはおバカですが。

よく見れば無糖と書いてある紅茶 コンビニで売ってたのにどうして/戸似田一郎

ずるい、あざとい。この主体の、勝手にコンビニに期待している感じは「かわいさ」なんですよ。嫌味がないし、正直あざとくもないんで、これはただの嫉妬なんですけど、そういう主体のセルフプロデュース力のナチュラルな高さがあります。

夏がくれば実家のゴーヤカーテンの小ぶりのゴーヤ だけどたくさん/街田青々

結句もちゃんと「ゴーヤ」って書いた方がずしんとくるかもですが、そりゃカーテンにはたくさん書いてるでしょうよ、と思われるものを、この順番で出していくというのはすごく短歌の読み方を有利に使っているなと思いますし、実際このカーテン、好きになります。

たった今着いた電車に近寄って外から窓を開ける人あり/榎本ユミ

この主体の考えている、窓を開けるタイミングがあって、それより早かった、という感じがわかるのがまず心で、そのあとであーたしかにそれは「早い」よな、と思えてきて共感できる、しっかり主体がもっているフィルタごと読める歌です。

まっさらなノートを最初に汚すのはいつだってにんげんの言葉だ/宮下倖

短歌は心ってしょっちゅう言ってるんですがこの歌は心がわかんなくて、それがよかったです。そりゃそうでしょ、ハッとしないぞこんなの、の結句の雑さが、ガチの「言える限界」な感じがあって、その言えてないところが心だと思いました。すいません、心ですね。

本物の魔法瓶には本物の魔法がかかっていればいいのに/古河知尋

あ、この人、いわゆる普通の魔法瓶のこと、偽物って思ってるんだ・・・があって、なんかそれにじわじわきた結果げらげら笑っちゃったんですよね。「いいのに」っていう、この投げやりな感じもなんかよくって、これなんだろう、上手く言えないな。

夜の校舎みたいだ 冬の校舎でも間違いはないほどの例えで/橙田千尋

なにを例えていたんだよ、っていうのが気にならないんですね。喩えの話だから。この辺の、短歌にするからにはめっちゃ正確に喩えていくぞ、じゃ、ないんだよね、ぶっちゃけ動くよね、の正直さと、それでも校舎の「あの感じ」がわかるなあ。

充電後のスマホの電池残量にやっぱり負けてるわたしの残量/西淳子

「やっぱり」が面白いですね。「わたし」も充電はしたんだな。多分寝たんだな。この「負けてる」は充電前後で二回負けてて、というかその勝ち負けの基準どこやねん、が後から出てくる、この人もう一生勝てないんじゃないか。

夕ぐれが夕日を仕舞う表情をしてたあなたが、でも光り出す/穴棍蛇にひき

うーん作者のドヤ顔が見える! それでもいい! いいですね! すくなくとも、「あなた」の表情の色と移り変わりと心はしっかりかけていますし、ドヤ顔って言っちゃいましたけど、上句の言い回しはだいぶいいですね。面白い。

今もまだ奥田民生をポケットに忍ばせているんだろきみだって/若枝あらう

勝算、低いなー。「そんなことないよ」って言われてもおかしくないような語りかけなんですが、それでも言いたい感じは心なんですよね。この人のポケットには奥田民生がいる、を、言えたらもう目的の九割は達成してそうな言い回し。


って感じです。あと三号、楽しみですね。

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