短歌連作サークル誌「あみもの 第三十五号」を読む


例によって今号も読んでいきましょう。


別れ際あなたのキスで震えてたしまうまの管理はあなたに任せた/仲村やすまない

すごいものを任されてしまった。これはもう無理だ。こういうときに出る動物、わからんでもないんだけど、しまうまなのは全然ありがちじゃないラインというか、でも震えてた、と主体は言って、それを主体は任せる感じ。

呪い殺すぞっておもった 言いすぎた、言ってないけどおもってたから/小泉夜雨

おもった、からの、言いすぎた、が違うんだけど、思ったことも反省していることがよくわかって、それを言い表す言葉としては確かに一番近いのは「言いすぎた」なんだな、ってなる。でも、言ってないんだよなあ。

もうとほいこともないのにとほくからとどく手紙はきみの字がいい/山下翔

たしかに手紙ってどんなに近くから届いてもある種の遠さをまとっていて、それがはがれる感じはとても暖かい。そういう手紙って、ひょっとしたら「きみ」くらいからしか届かないのかもしれないけど、でも願望はわかる。

千円を紙きれにするマジックにおそれおののき客席にいる/工藤吉生

なんだろう、二重のバリアなんだよね。手品だから紙きれになっても大丈夫。そもそも客席にいるから「千円を使われた人」でもたぶんない。その二重のバリアがあってなお「おそれおののき」があるから、千円が重くなる。

夜勤中『子連れ狼』の続きが朝まで気になってしょうがない/涸れ井戸

「朝まで」の使い方、「夜勤中」とあるとこんなにガラッと変わるんだ!って感心してしまった。でも歌の中の「朝まで」は、むしろ「夜勤中」じゃない感じの「ねむれない」感じの「朝まで」で、そのひねり具合が楽しい。

シュークリームはカロリーが少ないことを桐谷遥がおしえてくれた/戸似田一郎

二次元アイドル桐谷遥が教えてくれることは全て脚本である。を、何とかして食い止めたい感じがひしひしとする。こんなところで知った雑学の歌というよりは、ふつうに、桐谷遥とのコミュニケーションを望んでいる主体。

蟻んこの列を追いかけ幼子はマグマに触れるブラジルも行く/野川

小さい子の、なんでも奔放にやっちゃう感じは分かるので、その点好き放題書けちゃうんだけど、「ブラジル」がだいぶリアルな、好き放題やってないなかで一番好き放題やってくれた感じ。あ~そこ~っていう落差が楽しい。

もしもこのイチゴが心臓だったならその生き物は飛べると思う?/くろだたけし

こんなこと現実に聞かれたら泣いちゃうかもしれない。「この」イチゴというのがすごい。あるから。イチゴ。で、そんな生物は生きられるわけがないんだけど、飛べるか聞いている。生きられる、の第一段階はクリアしている。

いずれ火がつくのを知っていて君は枯れ枝をかき集めるわけだ/夜夜中さりとて

この歌はこの後に火事が起こるような歌ではない。んだろうけど、火事を起こせることをやっている、というぞっとする感じを、主体と「君」で連帯しようとしている。だからこの歌は主体の心の歌なんだと思う。決めつけめいた。

乗り捨てる前提である舟として一緒に海を渡りたいです/瑠璃紫

「舟として」が「as a ship」だとヤバすぎるだろと思ってしまう。「舟だとしても」くらいの意味なのかなあとはとった。それでもヤバいというか、捨てられてもかまわない、の、気持ちが真ならこういうこと言うんだろうなあ。心だな。

みつけられないカメラロールの一枚を手放してまた夜の向こうへ/西鎮

おおー。ないものを手放す、いいですね。見つけられないということは、記憶の中にはある。実体だけなくって、その実体のない記憶も手放してしまうという、ないものだけどあるものをかけているのがとても嬉しくなります。

カウンター席にならんで俺たちは両手をうまく使う胃袋/くろたん

このグロテスクさ。確かに食べるときって手を使って、胃に送り込むんだけど、感覚としては口が一番あるはずで、そこをすっ飛ばすことで、なんだか首のない化け物になってしまった感覚を得る。でも始点と終点は確かにそうなのだ。

会社には宗教上の理由とし堂々と行く授業参観/ペンギンおじさん

いや、普通に授業参観って言ったらええやんと。よっぽど会社からヤバい人だと思われる。というクレイジーさを支えているのが「堂々と」で、この「堂々」は何に対するなんだ? 価値観逆転世界か?ってなってしまう。

信号が二分遅れのあのバスを三分遅れのバスにしている/諏訪灯

その、「一分」の書き方、めちゃくちゃいいな・・・!ってなった。そこに見えているバスが手前の信号待ちしてる状態、の、時間の感覚ってすごいひしひしとあって。しっかり「遅れ」という言葉でそれを体現できていて。

曲がり角ひとつ間違えカーナビはハテナの形に道示すなり/梶原一人

たしかに曲がらないと、ぐわっと曲がるようにカーナビは指示する、というのを「ハテナの形」と捉えた新鮮さと、確かにそうだって感じ。というのと、カーナビからしたら確かにこの間違いは「ハテナ」だよなってマッチ。

年金を知るための本音のない部屋で読む君影草揺れる/金森人浩

空目を活かした短歌、いっぱいあってすごく楽しかった。空目で読んじゃうと不穏になってしまうスイッチの中ではこれが一番いいラインを衝いていたように思って、年金と本音って取り合わせちゃいけない言葉のようで。


って感じです。毎号読むのが楽しみ。

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