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9月 雑感

9月1日 金曜日

会社の防災訓練で、机の下にもぐった。
訓練のやらされ感と、実際に地震が起きた時のなんとかするしかない感は両立するなと思った。
めんどくさいなと床を見つめていたが、それでも、南海トラフという言葉が時限爆弾のように脳裏にゆらめいていた。

生きられれば良かった日々も七年が過ぎれば全教室にエアコン

近江瞬『飛び散れ、水たち』左右社、P127


9月2日 土曜日

ボクシングに勤しむ夢から覚めると、腕が尋常じゃなく疲れていた。
やってしまった、と感じた。
恐る恐る、妻へ、夜中に虚空に向けた正拳突きをしていなかったか聞くと、知る限りではそんなことないと言われた。
つまり、真実はわからなくなった。

終点で駅員さんに揺さぶられ咄嗟に構えるファイティングポーズ

小坂井大輔『平和園に帰ろうよ』書肆侃侃房、P49


9月3日 日曜日

阪神タイガースが、快勝でカード三連勝を決めた。やった〜。
そして、近本選手が後味の悪いデッドボールをもらった。はぁ〜。
SNSで、いろいろな人の一方的な意見をひととおり目にしてから、眠りについた。
多くの意見には、敵がいた。

夜空から無数の輝く紐垂れて知らない言葉なんて話さない

服部真里子『行け広野へと』現代短歌社、P84


9月4日 月曜日

通勤中、どのルートを通っても、川を2回渡らざるを得ないことに気づいた。すげー。
しかし、死ぬほど遠回りをすれば回避できるのだった。
その事に思いいたったことが、少し恥ずかしかった。
頭の中のGoogleマップがピンチアウトして、よくわからないエリアはよくわからない描かれ方をしていた。

遠足のバスがどこだかわからなくなってくるくる回り出す空

穂村弘『水中翼船炎上中』講談社、P83


9月5日 火曜日

同期が退職することを聞いた。
若手社員のころはよくあったものだが、この歳になるとやや久々だ。
かといって、若手社員のころにも、こういう報告は慣れないなと感じたものだ。
転職が当たり前の世の中で、そもそも自分がアップデートされていない。
アップデートって、なんだ?

一番はバナナの皮でわたくしとトマトどちらが先に腐るか

寺井奈緒美『アーのようなカー』書肆侃侃房、P32


9月6日 水曜日

会社が、形に残るようなミスをしていた。
これは、それなりにお金をかけなければリカバーが難しそうだ。
しかし、僕はそれに関われる部署ではなかった。
とはいえ、僕がもらえるお金の流れは、こことも結びついているのだ。
そして、法的には、きっと僕の賃金のほうが保障されるのだ。
よかった。

あの赤いプラダの財布よかったな買おうかな働いて働いて

北山あさひ『崖にて』現代短歌社、P23


9月7日 木曜日

へとへとの会社の帰り道のマンションのゴミ置き場の塀の上に、ちょこんと、スタバのカップが置いてあった。
紙ストローもしっかり刺さっていた。
ここから近いスタバを思うと、かなり遠い。

この容器の中の飲料は、今どこの胃の中にあるのだろう。コーヒーの黒い感じがおもしろく思えた。

こんな夜はココアに砂糖を入れてやる いまに見ていろ、苦しんでやる

西村曜『コンビニに生まれ変わってしまっても』書肆侃侃房、P51


9月8日 金曜日

妻と暮らして結構長くなるが、僕がミスド好きであることを言っていなかった。
明日、買いに行くことになってよかった。
これからも、妻に自分の色々な面を見せることはできるのだろうか。
そもそもその必要はあるのだろうか。
(あるだろ、と言われたし、あると思う)

われわれわれは(なんにんいるんだ)頭よく生きたいのだがふくらんじゃった

望月裕二郎『あそこ』書肆侃侃房、P27


9月9日 土曜日

なんだかんだ、いまだに3DSのゲームで楽しく遊んでいる。
そろそろこれは「終わった物」になりかけているだろう。
はじめてDSを手に入れた時のことを思った。
時代はけっこう短いスパンで始まって終わるものだ。
僕の時代も。
僕の時代て。

5年着てこんなところにポケットがあったのかって驚きたいな

谷川由里子『サワーマッシュ』左右社、P37


9月10日 日曜日

テレビで、野球と、ラグビーと、バスケを立て続けに観た。
贔屓のチームがあることは宗教で、贔屓の国があることは戦争だなと感じた。
宗教のために命を省みず戦って殺せる人が、最強なんだろうなと思う。

どのゲームにもすごい数の観客がいた。
すごい数だ。

夏にほぼ人の数だけ声帯があって冬、その倍の耳たぶ

吉田恭大『光と私語』いぬのせなか座、P63


9月11日 月曜日

会社で久々に会った人に、痩せたと言われた。よくある。
事実なので適当にはしょって説明した。
つまり、嘘が含まれた。
でも間違ってはないので、普段ならこれを嘘とは思わないんだろうな、というところまで、今日は思えた。

夕焼けだった。

もう嘘を書いている人「そんなことを考えていると、一日が終わる。」

伊舎堂仁『感電しかけた話』書肆侃侃房、P90


9月12日 火曜日

理不尽なクレームを受けている、と相談を受けた。
ほんとうに理不尽で、こんなことあるのかと思った。
「まぁこれは訴えられても負けないですねぇ」と言いつつ、これが訴えられることはないなと思った。
でも訴訟をやる人はいるのだ。

普段買わないお菓子を買った。

ほんとうにちゃんと誰かが買うんよなデパートのショーケースのメロン

谷じゃこ『クリーン・ナップ・クラブ』私家版、P20


9月13日 水曜日

豚骨ラーメン屋の前に、豚骨ラーメンが苦手な人はご遠慮くださいという看板があった。
これを置くことになった経緯を思った。

退職する同期を含めて何人かで飲みに行った。
生き方と、僕が選べる生き方があって、前者はほんとうにたくさんある。

夕映えは夕映えとして 同世代相手に大勝ちのモノポリー

五島諭『緑の祠』書肆侃侃房、P38


9月14日 木曜日

阪神タイガースが18年ぶりのリーグ優勝を決めた。とても嬉しい。
SNSに、生まれて初めての優勝と書いている人がいた。

僕も2003年の優勝のときはそうだった。
今回は、僕には18年前がある。中学3年生の時の、よく思い出せる部活のつらさと全く思い出せない多くのクラスメイトの名前。
毎年楽しく生きているんだけどなぁ。

ともだちに借りてギターを弾いたこと おもいだせないすてきなギター

阿波野巧也『ビギナーズラック』左右社、P122


9月15日 金曜日

優勝のお祝いに寿司を取った。
ところが急な残業が入ってしまい、最低限を終わらせて急いで帰った。
同僚はまだまだ残っていたが、寿司があるんでとは言わなかった。

小走りで帰る中、次々見かけるオフィスビルで残業をしている感じの明かりには、言う必要がなくて、よかった。

ばくぜんとおなかがすいた はらへった むこうのビルが光ってみえた

宇都宮敦『ピクニック』現代短歌社、P203


9月16日 土曜日

『お!バカんす家族』というコメディ映画を観た。
くだらなかったが、小さな予想外の展開がたくさんあって、笑って観られた。
しかし、こういう「あるべき家族像」みたいなのは、自分の選択したものと比べると息苦しくもあるが、一般的だし提示されがちなのも仕方がないと感じる。

何につけても一般的なものにキレていると、どこかで心臓を盗まれるのではないかという不安がある。

台風の朝にこどもを見失うわたしのこどもかもしれないね

橋爪志保『地上絵』書肆侃侃房、P112


9月17日 日曜日

僕が面白いことを言って、妻に「今日2で面白かった」と言われた。
今日1は、まだ出るかもしれないかららしい。
出たら更新すればよいだけと僕は思うが、きっと順位が下がるのがかわいそうなのだろう。
僕の考えとは違うが、よくわかる。
わかることが大事なのだと思う。

一人カラオケ わたしはなぜかしたくなく君はときどきやっていること

永井祐『広い世界と2や8や7』左右社、P13


9月18日 月曜日

Netflixを、プレステ4経由で見ているのだが、ふいにそのことに気付いた。
うち、プレステ経由なんだな。
コロナ禍前に買ったささやかなテレビなので不思議ではないのだけど。

この数年は取り返しがつかない時代の進み方をしてしまったように思う。
たぶんそうでもない。

見たくないまま見始めた動画ではホッキョクグマが子グマを食べる

土岐友浩『僕は行くよ』青磁社、P73


9月19日 火曜日

連休明けもあって、ほんとうに勤務時間中、頭を使い続けて働いた。
すると、すごく疲れてしまった。
自分の限界が見えることにぞくぞくする。
これは、比較的、触りにいく必要に迫られるタイプの限界だから。

そうかきみはランプだったんだねきみは光りおえたら海に沈むね

平岡直子『みじかい髪も長い髪も炎』本阿弥書店、P55


9月20日 水曜日

他部署の仕事の進め方に腹を立て、部内で怒っていると、上司経由で伝わり、謝られてしまった。
最悪だ。
僕が。
会社のそういうところは、僕側が気をつけて言動に反映させないといけないと感じる。

エアコンの空気がちょっとくさい。

洗濯物とりこみながらぬるい風 浴びて、いま正気だよな、と思う

平出奔『了解』短歌研究社、P60


9月21日 木曜日

仕事ぶりが問題ない人は、さくっと会社を辞めてしまうし、仕事ぶりに難がある人は、辞める際に文句を言いがち。
という傾向を、感じないわけではないけれど、だから会社は文句を言う人を煙たがってはいけないと思う。
さくっと辞める同期は、もっと暴れてよかったのにと無責任なことを考える。

坂道をかけくだるイメージをしてこれからきっとそうするだろう

鈴木ちはね『予言』書肆侃侃房、P53


9月22日 金曜日

僕には学歴とハゲといういじられ要素があって、それなりに笑いがとれるけど、
これを嫌がる人が多数派なのは間違いない。
その上で、これを笑いに変えることがどこまでダメなのか、を、突き詰めたら、
息苦しいんじゃないだろうか。

とりあえずこれらを嫌がらない人を喜ばせた。
給茶機の紙コップを握りつぶさずに捨てた。

ちんちんが二つあったら楽しいとケンくんは言い、オレは反対

工藤吉生『世界で一番すばらしい俺』短歌研究社、P103


9月23日 土曜日

妻に、グラタンを作って欲しいとお願いした。
初めてやると言われたが、予想以上においしいものができた。妻のほうがこのことに驚いていた。
こういう上振れの予想外はもっとたくさん見たい。
自分よりも周囲の人のそれが見たい。

阪神タイガースが圧勝していた。

あなたよりあなたな人はいないからこの世のどこも嵐が丘(ワザリングハイツ)

大森静佳『ヘクタール』文藝春秋、P151


9月24日 日曜日

バンテリンドームへ野球観戦に。楽しかった。
ドーム球場は、中に入ったら外という感覚があって好きだ。
テレビの中にいる選手がそこにいるし。
終わって外に出たら外で、だからというわけではないけれど、取り残されたような気持ちになる。

サーカスの夢を見た。

いりぐちは、でぐちとおんなじところにあって、にんげんのむきでくべつされた、

多賀盛剛『幸せな日々』ナナロク社、P79


9月25日 月曜日

16時にうかがいますと言われ、
どうぞと答えたにもかかわらず、
すっぽかして別な打ち合わせに行ってしまった。

すっぽかすだけの理由はあるにはあったけど、
あの瞬間「どうぞ」は僕から完全に消えていたのだ。
何かを覚えていることなんて、ちゃんちゃらおかしくなる。

あくまでも細部はぼくが書き換えてしまう記憶の雑貨屋の棚

山階基『風にあたる』短歌研究社、P37


9月26日 火曜日

腹の調子が悪く、会社でも家でもトイレにこもる。
こういう日は定期的に来るし、来るたびに、過去のそうだった日のことを思い出す。
うつむき加減に便座に座る僕が、時空を超えて一本の針と糸で貫かれる。
まだ、中学生くらいまではさかのぼれる。

死ぬまでこれができるかな。

珠のれんがバラバラになる予感だけずっとしている子供のころから

戸田響子『煮汁』書肆侃侃房、P6


9月27日 水曜日

今日、代休を取っちゃうの? という別部署の人がいた。
明日見といてくださいの意味で必要なメールをいくつかした。

自分がパワハラ気質であることは本当に気をつけなければいけないと思う。

このままじゃ 街が河口に沈んだらとても平らな夕景だろう

千種創一『砂丘律』青磁社、P41


9月28日 木曜日

朝、
仕事の段取りを考えながらめんどくさいなと思う気持ちと、
テンションが上がるはずの音楽がイヤホンから流れていることと、
外出用の革靴を履いていていつもの感覚とは違うことと、
少し離れたところでこっちに尻を見せている野良猫が、
全部バラバラにあったの、おもしろかった。

時間が過ぎるにつれ、僕が一つになっていった。
でも、毎日こうなはずなのだ。無理はいけない。

アフター・ザ・パーティー、そしてそれからはとても静かに暮らしています

石井僚一『死ぬほど好きだから死なねーよ』短歌研究社


9月29日 金曜日

栄冠ナイン クロスロード という、高校野球を延々やれるアプリを始めて、ゲーム内で20年が経った。
20年?
続けるかはわからないけれど、100年やるかもしれない。
こういう時間の流れは大好きだ。

月が綺麗な日と聞いて、実際に妻と見たら綺麗だった。人生34年目の秋だ。

デジカメのスライドショーをながめてるわたしはわたしたちはわたしは

斉藤斎藤『人の道、死ぬと町』短歌研究社、P133


9月30日 土曜日

朝で、これから一日をはじめる。
何をどうしても終わる一日で、それをずっと続けていて、
うーん、
もう今の時点であんまり人生に悔いはないな。

一通り書いたものを見直して、それなりにイライラしてたなと思う。やってよかった。
さすがにもう人様の短歌を利用した日記はやりません。終わり。

からっぽのうつわ みちているうつわ それから、その途中のうつわ

笹井宏之『ひとさらい』書肆侃侃房、P6

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