短歌連作サークル誌「あみもの 第三十四号」を読む

いつものように個人的に好きだった歌を引いていきます。

日焼けした類書のならぶブックオフああ読書家が亡くなったのだ/笛地静恵

普通の本じゃなくて「類書」で、かつ古本屋じゃなくて「ブックオフ」だからわかるんだろうな、の感じ。二つ揃ったおかげみたいな。そのことと、景で示される事実としての、遺族、あんま理解せずに売ったんだな、がどうにも淋しく感じられるので、「ああ」というのもうなずける。

アスファルトを濡れているように見せていたどこにも行けなくなってるガムが/みさっちょ

アスファルトにガムがあること自体は平凡だが、そのせい「濡れているように見えた」というとらえ方は斬新かつわかる。ああ濡れてるな、からのガムか、という落差を容易に感じられて、そのガムを「どこにも行けなくなってる」という擬人、擬動物的に描いてしまう、この観察力はすごいと思う。

やるせなく帰りの道に投げ上げる球落下点には君の笑顔/沙羅粗伊

球の上がるまでと落ちてからのギャップがすごい。物理的には同じ世界線で当然読めるのだけど、なんだろう、心理的に全然違うところに出てきちゃったんじゃないか、みたいなダイナミックさがある。この主体が持っていた「やるせなく」はどこに行っちゃったんだろう、と歌の世界に没入する。

何にでも名前はあってガラガラは新井式回転抽選器/あるこじ

この歌は好きだけど主体はそうでもなくて、だって、「ガラガラ」だって「名前」じゃん・・・って思っちゃうから。「正式名称」の意味合いなんだろうけど。でもこの主体にとってはそういう優先順位がある。クイズガチ勢だから。あと下句の跨り方が、「回転」という言葉にドライブ感を足している。

概念の死を考えているときは概念の蓑虫も揺れてる/西鎮

こういう歌に弱い気がする。読み手としての僕は絶対にこうはならないんだけど、この主体はこうで、しかもそれが、理解不能ではない、妙に蓑虫の揺れ方と死が近くて、自分とは違う心象風景をしっかりつかめたな、というのがある。「も」揺れてる」から、全体的に、なにかが揺れている感じもある。

どう見ても個人の住所を載せている結社誌を図書館で借りたぞ/袴田朱夏

笑ってしまった。「どう見ても」のダメ押し感。そりゃそうでしょうよ。この「借りたぞ」を誰に向かって言ってるんだろう、と思ったときの、短歌の人に対してだよなあ、という一種のメタ的な歌の立ち上がり。これを短歌にする必要あるのか、というところも含めてなんだかとても面白かった。

クロネコと佐川の車が事故してたけど2人ともなんか笑ってた/朝田おきる

ああよかった、ってなっちゃいけないんだろうけど。「これ以上悪くはならなさそう感」ってすごく見てて安心できて、それを見せてくれているような感じ。それも、運送業者どうしが事故ったら確かにこうなっちゃうのかな、みたいな、見たことはないけどリアルなところを見せてくれてよかった。

穴と違う販売員が儲けない その穴と別のウソを売ってた/斎藤秀雄

何を言われたかは分からないんだけど、文法だけ分かるという不思議な歌。「穴」がなんなのかの解釈を定めないにせよ、言葉の持つ響きだけに従って、文法通りに読んでみたときにどことなく脳裏に浮かぶ、抜け目のない、ずるがしこい世界観が妙に癖になってしまう。そんな歌が続いている。

味海苔を裂きながら食む なんだろう なにを、忘れちゃったんだろう/平出奔

忘れたことを思い出せない、というのは共感できるんだけど、「なんだろう」という枕から予想されるのは、そのこと自体じゃないなってのがあって、技をかけられたような気分になった。味海苔を「裂きながら」は個人的に丁寧な食べ方だなーと思うので、繊細な動きをしていそうなのもあっている。

優しい人 島のスーパー情報を教えてくれる目を閉じていても/坂中茱萸

「目を閉じていても」が意外で、なんか、この「優しい人」って概念のやつ?って思っちゃったりする。字余りのように押し込まれる結句だから、余計に目立って感じられるので、強調するとこそこ?みたいな。でも自分が目を閉じているときにこれを教えてもらえたら嬉しいな、って思う。

本当の病気の意味が分かるのは余命より長く生きてのちのこと/菊池洋勝

なんか、これはマジに「思ったことがない世界の真理」なんじゃないかという気がしてきた。余命宣告された人って何を言っても迫力が出ちゃうのかもしれないけど、これって本当に、迫力、すごくないですか? 余命より長く、生きられるよな・・・という発見と、確かにその先、未知だな・・・がある。

あきらめが肝心だからと我に説く人が駆け出す青き点滅/榎本ユミ

あーこういうのな、ってなった。しゃべってて、あー信号変わるからまたね、のやつ。信号を待つほどじゃない優先度の会話で説かれたことって、どれくらい重みをもって聞いたらいいんだろう、ってなっちゃう。でも自分にとってそれなりに刺さることだったりするのだ。そのバランスが面白い。

こんな感じです。次号も書きますね。

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