たにゆめ杯を終えて

むちゃくちゃな賞レースだったと思う。

そもそもは、他人が見た夢の話さん(筆名怪しすぎない?)という方が、「たにゆめ商事株式会社」という短歌連作を作ったことにすべてが始まる。それは「たにゆめ商事」という架空の会社での仕事詠で、なんというか、「その舞台を借りて連作を編みたい」と思っちゃうようなものだった。そしてこの連作は、短歌連作サークル「あみもの」というところで公開されていたから、実際にそこで、二次創作として作った人が4人いた。

それが、かざなぎりん(杉谷麻衣)さん、千仗千紘さん、モカブレンドさん、そして僕。要はこの五人、ただの「架空の会社の仕事詠を書いた人」なのである。

それが選考委員ってむちゃくちゃでしょ。

でも、架空とはいえ「たにゆめ商事」は会社だから、「選考」というものと相性はいいなと思った。だから、他人が見た夢の話さんからたにゆめ杯のアイディアとお話をいただいたときは、爆笑しながら二つ返事で引き受けた。賞金もつけて、真面目にやろうというのが、かえってバカっぽくて、それが「たにゆめ商事」にふさわしい空気感だと思ったというのもあった。

それがあんた、128作も投稿来るの、むちゃくちゃでしょ。

正直、50は来ると思っていて、「まあ30きたらいいですね~」みたいなことをたにゆめ商事の面々には告げていたのだが、わからないものだ。これに関しては本当にありがとうございます。ということで、襟を正して真剣に選をした。その時のことや、受賞作について触れようと思う。

結果発表ならぬ結果報告の通り、各選考者が10作ずつあげたい作品を選んでくるとのことだったので、まずは全作品を「◎・〇・△・▲」の四つに評価分けして、その時感じたことを一言コメントとして残した。

ちなみに最初に読み下したときの内訳は、◎7作品、〇46作品、△62作品、▲13作品。◎をつけた7作品の順位は、以下の通り。

1「予告編」2「その奥で待ってる」3「流れない水」4「忘れてもいい郵便を」5「擬態している」6「天使となんて」7「半分の夢」

このツイートの作品がこれにあたる。「予告編」は僕の好みドストライクだったので1位は固かったけど、他は僅差だった。ということで、10選のための残り3作を選んで行って、「ほほえ水」「ゼリー」「恋と呼ぶには遠すぎる」をこの順で選んだ。この3作は、他の方が受賞に推したら反論しない、という立ち位置だった。

結果、けっこうすんなり「忘れてもいい郵便を」に決まったんだけど、それはきっと、5人に広くすっと受け入れられたからだと思う。非常にレベルの高い一連だと思った。

エアコンを持ってないのに室外機だけあるような街の明るさ
知らないままでいたい言語を捲りつつコーヒーショップに風が満ちゆく

「忘れてもいい郵便を」より。風、移動がテーマとして通底していると思った。二物衝撃的な飛躍が多用され、その橋渡しとなっているものが空気、風、軽いものになっていて、その連関が歌と歌のつながりにもあると思った。掲出した2つの歌のように、「ないもの」を描きつつ空間を見せようとするところにも、これらの詩情を増幅させる効果があると感じた。

また街を辞めたいと思う不躾に風に花火の匂い混ざって
忘れてもいい郵便を、そうやって花から花へうつるひかりを

連作から主体の苦悩が読めはするものの、いい意味で読んだあとに残るものの少ない作品だった。すっと通り抜けて、僕の心だけをすっと動かして去っていくような。全体を通して軽やかな、吹き抜けて去るようなイメージに溢れていて、そういう作品が選考委員全員に好印象をもたらしたんであれば、そりゃ最優秀賞だろうなと思う。おめでとうございます。

ということで、個人的に1位だと思っていた「予告編」については、個人賞としてぜひ取り上げさせてほしいと考えていた。結果報告には、僕の中で1位でしたよ、ということしか書いていないので、歌に触れていきながら好みを述べていきたい。

もう雨はふたりの中で降りはじめ明日の予定に傘をもたせる

この歌ではじまる。天気予報で明日は雨で、ふたりの予定があったから、未来予知の形で雨を予見している。この情景を引き出すために上句の「もう」でぐっと圧縮し、解凍キーとなるのが「明日の予定」という「天気予報の言葉」だ。この歌で語られる関係性が純粋に楽しいし、タイトルの「予告編」と合わせて、ちょっと先の「結果の予想できる未来」をテーマにしているんだな、というのがわかる。

ありがとうと小さく書けばネコっぽい生き物を描くべき空白が

これも、日常の「あるある」が、「たぶんこれを描くんであろう未来」を語る形で描かれる。「ネコっぽい」というのがよい。これは書き手じゃなくてこの絵を目にした人の視点だ。つまりこの歌で示している未来は、自分が猫を描いて、へただから、それを「ありがとう」とともに伝えた相手がこれを見て「ネコっぽいなにか」だと感じる地点だということになる。

「面白い動画」で検索してみるといくつも面白いが出てきた

この歌は比較的現在進行の歌だが、ここでの「面白い」の使い方のように、固有名詞に頼らない、一般的な表現にこだわりがあるな、ということが三首を通じて伝わってくる。その一般的な表現は、読み手それぞれの固有に刺さってくれる。「面白い」は読み手が勝手に再現するのだ。経験あるから。この手法はあまり言いたくないが、短歌の「勝ち筋」の一つだと思うし、僕が自身の作歌で多用しているからこそ、綺麗にやられたと思うレトリックだ。

登場の仕方がかっこいいからと巻き戻し、出囃子、漫才師

下句の韻律、音単位でのリフレインがカッコよすぎる。そして実際に、動画をリプレイしているから、このリフレインが現象と重なってくれるのだ。きっと動画だから、ビデオテープみたいに「巻き戻る」わけじゃなくて、時間だけを巻き戻してるんだろうけど。でもこれも、一度見ているからこその「結果の読めている未来予知」なのである。

すごい犬ではなくすごく犬なんだ、納得できるから見てほしい

動画で見たのかもしれない。犬に似ている何かで、このコミュニケーションって「文書上」だなって感じ。しゃべってるんじゃなくて、メールなんかのコミュニケーションの「差異」だなって思う。「すごい犬」と「すごく犬」。ちょっとこれを言っている相手と距離があるような。だからこそ、その相手がこれを見る「未来」があって、そこに対して主体はある種の確信を持っている。そこに乗れる。

良いパンしか買ってないから袋から出てくるものがどれもうれしい

「良いパン」という一般的表現が、三首目の「面白い」と同様、固有化を避けて読者側で固有に解凍される。うまいのは、四句の「出てくるもの」だ。「パン」じゃなくて「もの」。パンという固有性すら排除して、「良いですよ、良いパンを自由に想像してくださって」と言われているかのようだ。

長いから長生きするとみんなから言われる生命線がこれです

寿命という、未来がからみ連作モチーフによいものをアイテム立ててくる。ふつうこの景は、生命線の「長さ」にフォーカスするところ、「生命線」にフォーカスすることで、「これを見せた相手」が「長いね、長生きするね」と反応することを「ちょっと先の未来」に送っている。みんなから言われるから、あなたもどう? ということ。そしてそれは、ほとんど確定した未来なのだ。

持ってきた傘を忘れることはなく忘れるような天気を見たい

言い回しがやや分かりにくいが、降るかなと思って傘を持ってきたものの降らず、でも傘を持ってきたことは覚えられているような曇り、その曇り自体を忘れるようなことを望んでいる。意外と難しいことなんじゃないかと思うし、主体も「見たい」と願望している。この歌の見る「未来」は、到来するかどうか定かではない。連作中、ちょっと弱気になった歌だと思う。

あたらしい眼鏡、わたしに星を見る力を与える道具でもある

そうだ、し、そう言われることで、「眼鏡で見えるもの」の中で「星」の優先順位がぐーんとあがる。だっていろんなものを見る力を与えるんだから。ここで「星」と固定したことで、未来の主体の行動もほぼ確定して読める。また、冒頭歌からなんとなく雨・室内のイメージを覚える歌が並ぶ中、ここで夜空が晴れやかであるような気になり、その点も爽やかだ。

予告通り撤去されれば自転車は街の花火を見ることはない

この歌で閉まり、この歌だけ「ほぼ確定している未来」にたいして寂しさを抱えている。そういうこともあるよね、の、「ね」の感情まで読めちゃう感じ。自転車を擬人化したのが一連からするとやや浮いているけれど。

そんなこんなで、いい具合に未来を予告してくれ、それは結果が分かり切っている未来だったりするんだけど、その予定調和でほっとしたり、感情になれたりするところがとても良いなと感じた。方法論として、確かなものを軸にした連作であると思う。

ということで、受賞作への振り返りはこれくらいにしたい。

128作を拝見して、とにかく印象に残ったのは、コンセプトが明確すぎる作品が多かったということ。十首すべてに共通項があったり、元ネタありきだったり、何か特定的なものに対するオマージュがあったりだ。

それらは読んでいてどれも楽しかったんだけど、選考において、僕は全部落としてしまった。なんというか、面白いんだけど、その人の言葉にできてはいないな、と思ってしまって。その言葉自体の「おもしろ」に乗っかってしまっていて。

そういう短歌もすごく面白いし、心は動かされるんだけど、やっぱり短歌って心だと思うので、使った言葉に自分の心を乗せて、借りた言葉の意味にそれ以上のものを加えていただいたほうが、受賞させたい! と思えるんだな、ということに気づいた。なんせ、選考なんてやったことなかったし。

だから、一部の方(といっても30人くらいはいるんだけど、、、)にはある意味門前払いをかましてしまったことにもなるので、申し訳ない気持ちもある。でも、その上で自分の価値判断を下せたと感じているので、それを承知の上で恨んでほしい。

そうはいってもすごくハイレベルだったと思う。むちゃくちゃなスタートを切った割には、形になったと思っていて、それはわれらが他人が見た夢の話さんの舵取りもあるんだけど、やっぱり参加してくださった投稿作にすべてがあるんだと思っている。

なにより繰り返しになるけれど、こんなにたくさんの投稿をいただけたこと、本当にうれしかった。どうもありがとうございました。

しかし、なんかキレイに終わるのも癪なので、俗っぽくこの文章を終わらせようと思う。

6月に、私家版歌集を出しています。買ってほしいというよりは読んでほしいので、DL版は無料です。こういう短歌を書いてるやつが今回の選考に関わったんだな、という意味では、「ぽいな」って思ってもらえそうだと思いますので、よかったら読んでやってください。どうぞよろしくお願いします。


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