タヨウセイノ時代

日本産。日本製品のボクに「日本人」を感じる一幕って訪れるのか。

地方創生に取り組む役所のお偉いさんたちは
口をそろえて「外から目線が大事」だと唱える。呪文。
でも、外の人は外の人で興味がないと全く知らないのに。
「知らない人でも知ってるもの」が強いマス的な発想は
もう古いんじゃないかなぁ。わかんないけど。

「多様性の時代」って言葉はすごく嫌いなんだけど、
自分が自分らしくいるためにそれをみんなが理解し合おうと
変化しようとすることは素敵だと思う。
そんな時代に「マス」なんていう、1枠で括ったものを
おすすめしていっても意味がないんじゃないかなぁ。

多くの人を集めて意見を聞くことには大枠賛成で、
そこから、尖ったものを見つけて一緒に磨いていかないと
面白いものも、外から目線の意義も到達しないと思う。

凄く反れた。

書きたかったのはそこじゃなくて、
一般的に「日本の人は優しい・親切」だというけど
誰の意見なんだろう。外国の方がいう「親切」って…

とある予定で東北へ。
新幹線は当たり前に全席指定。そしてなぜか
荷物スペースや空いたスペースは譲り合いで使用する。
(東海道などではスペース予約が必要)

運悪く、その車両はどこも満。120%。
絶対に置かないでほしい巾着とか置いてあるのよね。
でもその人からしたら手元に置いておきたくないんだろうね。
わかるよ。だから自分はしないようにしようと思うよ。

そこに近くにいたおじさんが声をかけてくれた。
「いっぱいだけどその荷物は入れないと座れないね」
(荷物を寄せる)
「よし、ここに入れな。」

『ありがとうございます。助かりました。』

・・・これ!?
これが日本の人の温かさ!?
え~~自分にもできるかな。荷物触るの嫌だったりしない!?
多様性の時代って自分が思わないようなことも
考える人が当たり前にいる時代ってことじゃないの???

多様性っていう不確定要素で括られた
誰の意見も曲げてはいけないみたいな風潮が
当たり前にやってあげたいやさしさや
ヒトとの距離を壊してませんかって話です。

導入するなら、説明書から作らないとだめだと思います。
ここはあめりかじゃないし、日本産のぼくからしたら
ふわっとしたことをふわっとしたまま納められる国民性じゃないんだから。

なんか、いろいろ書いたけど。
表に出すことはない脳内議論。これにて終了。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?