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なんでしんどいのに同人誌を作るのか

前回の記事、ツイッターを中心に、わたしと同じように同人誌を作り苦しんでいるらしい方々を中心に拡散いただいたり、noteのおすすめ記事として取り上げていただいたりと、何気なく書いたはずのものがたくさんの方の目に触れて、正直驚いている。

RT先の感想ツイートをこっそり見させていただいてるけれども、「わかりみ」「わたしも」という共感の意見が大変多くて、わたしはずーーっとこれまで、ほとんどの同人作家はなんだかんだいいながら、自分の考えた同人誌、めっちゃ面白い!最高!と思って作ってるんだろうな(締め切り前の、間に合うかわからない苦しみは平等にあるとは思うけど、取り組む姿勢として)と思い込んでいたので、たくさんの方に「自分のことかと思った」というような反応を頂いていて、自分だけではなかったと少し安心している。

もちろん、逆に、描いてる最中はサイコー!!と思いながら描いているという方もいらっしゃって、そのスタンスで執筆する数週間、脳内からハッピー物質出まくりやん…とめちゃくちゃ羨ましくなったが、出した後、冷静になると見直せないというようなご意見だったので、みな平等に天国と地獄を味わっている様子だ。

同人誌を作ることは、めちゃくちゃしんどい。これは多分、誰にとってもそうで間違いない。すごく計画的に、完璧に進行できる人であればそうでないかもしれないが、みなそれぞれに仕事や学校、家庭などプライベートでの生活があり、そこに別途「作品を作る」という時間をわざわざ確保して〆切に挑む。

同人誌は、ちゃんとした体裁の本にしようと思うと、1日そこらで作れるもんじゃない。1週間~1ヶ月、分厚い本を作ろうと思えばそれこそ半年以上それにかかっているという人もいるかも知れない。

土日が休日の人の場合、締め切り前はここを自由に使えなくなる。同人誌の執筆にすべてぶちこむからだ。
わたしや、わたしの周りの同人女たちとなにか遊ぶ予定を組む時も、大体みんなイベント参加スケジュールが同じ感じなので「この週は多分〆切がヤバイからこっちにしよう」というような計画の立て方をする。
また、これの恐ろしいところは、平日の疲れを癒やすための休日としても使用できないところだ。寝てる場合じゃねえ!!!

こんな風に自由な時間もロックされて、他のやりたいことも我慢し、大体は〆切前ぎりぎりは睡眠不足になってしんどくて、作ってるときは前の記事で書いたような、この世の終わりみたいな気持ちになるのになんで続けてるんだろう。なんで同人誌作るんだろう。

仕事じゃなくて趣味だし、お金にすらならない(赤字の人がほとんどだしわたしは21年間ずっと赤字だ)し、いつやめたっていい。むしろやらなくていい

でも続けるってことは、何かそこに快のスイッチがあるからなんだよね。

人間苦しいだけのことは続けられない。多分、苦しい思いをしながら原稿を書き上げて、印刷して、イベント会場に行って頒布して…という行為のどこかに、自分で思っているよりも強烈な快楽物質が脳内に出るフェーズがあるのだと思う。

多分これは結構人によるのかな、と思う。

これはわたしの場合だけど、以下のような場合に出てるのかも知れない。という考察。

1)〆切から開放された開放感
ヤバイ間に合わないどうしようと思いながらギリギリとした緊張感のある生活を数日続けて、そこから開放されるというとき。

これは個人的にはあんまり健康的じゃないと感じていて、いわゆる「いつもギリギリの人が土壇場ですごいパワーを出して帳尻を合わせてうまくいかせる」という類の快楽物質だと思う。

きゅうくつな靴をわざと履いて、しんどい思いをしながら足を痛めつけて歩き、さんざんくたくたになってもうダメ、って頃に脱いで「ああ~!気持ちいい~!」っていうような気持ちと同じではと思う…。
なのでこれはもう少しスケジュールを見直すなどして、個人的にやめていきたい。

2)本が形になって手に取れるようになる
今は特に、デジタルで原稿を作る人も多いと思うから尚更だけど、自分が描いてたものが、本の形になって手に取れるようになってくる。印刷屋さんで刷っていただいた本がダンボール箱に詰まって届いていて、会場で開ける瞬間のワクワクドキドキ感は、21年やっててもいつになっても霞まない。(印刷屋さん、いつもときめきをありがとうございます。)

特に同人誌は、装丁にこだわれる。自分の作った表紙に特別な紙を使ったり、特別なオプションをつけたり、本文も作品のイメージにあった色のインクに変えたり…一般の本とは違う遊びができる。自分の作った世界観に合わせた特別な一冊にできるのだ。

同人誌作るの興味があるけど…っていう人はこの、自分の作品が手に取れる形になるという気持ちを味わうためにぜひやってほしい。

ピクシブとかになら漫画や小説上げてるけど…という人は特によい。
今、時代の流れの変化を感じてて、ピクシブやツイッターとかに上げたものをそのまま再録として発行するというのが全然アリというかむしろそっちのほうが向いている時代の流れになってきている。前回の記事でインターネットお絵かきマンのほうが今はよい、と書いたのはそのため。

これだけたくさんの作品が無料で濁流のように流れてきて触れられるようになった情報時代の世の中、読者は全然知らない人の作品より知ってる人の知ってる作品を手に取る。(モノが多すぎて、選び疲れるのだ。)
すでにインターネットに発表していて形になってる作品があるなら、それを印刷してみてほしい。楽しい世界が待っている。

3)自分の作品を元に交流が発生する
これが、同人誌、ならびにイベント参加の最たる醍醐味じゃないかと思う。
自分の本を手にとってくれる人がいるとめちゃくちゃうれしい。長くやってても、その日の新刊を最初に買いに来てくれた人、神様に思えますよ。マジで。大手さんのところ並ばないの!?なんでわざわざいきなりうちにきてくれたんだよ!?って思うもの。本当にありがとう。

「今度こそ、この新刊はだめだ……」って思いながら座ってるから、わたしw

自分が思ってるよりはたくさんはけなくて、やっぱり自分の作品なんて…って気持ちが落ち込むこともあるかもしれない。

でもめげずにそこから何度か参加してると「前も読みました、よかったです」っていう素晴らしい人が出てきてくれたり、そのうち同人友達ができたり、そういうごきげんなやつらとイベントの後に飲み会に行ったりすることができるようになる。個室を予約しておいて、酒とうまい飯と一緒に、お互いの本のあれがよかっただの言い合うのだ。最高にハッピー。

※ちなみにトップ画像に設定しているステーキの画像は、よく打ち上げでいくところの肉だ。めちゃうまい。わたしの周囲の同人女の間では、新刊を出すと人権が得られ、よい肉やスイーツを食べてよいということになっているので、結構予算度外視でいいものを食べに行ったりする(ことが多い。)

自分が命を削って作ったものをフックに、誰かとの交流が始まるのだ。同人誌は名刺で、舞踏会のドレスだ。

*・*・*・*

あとなあ、なんだろう。もう〆切3日前とかのどうしようもないとき、「二度とやらんわこんなクソゲー」って強く思ってる。今日こそ、今回こそ、これ出したら同人誌なんか終わりじゃ!こんなしんどいばっかり金ばっかなくなるんもうやめやめ!俺は自由を手に入れるんだ!!って思ってるんだけど。

途中でなんかね「あっ次あれ描こう。受けがこういうことを言ってるシーンが描きたい」みたいななんか…突然降ってくるんですよね。そしてそのまま次のイベントに申し込みます。

やめるんか描くんかどっちやねん。


というわけでわたしは今日これから、少し同人誌を作りたいと思います。しんどいけど、楽しいこともあるし、思いついてしまったから形にするしかないのかもしれない。

もしかしたら今、5月の大型イベント合わせで頑張っている同人戦士が多いのかもしれないね。みんな負けずにがんばって!!それは素敵な本だよ。

同人誌、気になるけどなあ……と思っていたという方は、ぜひ、作ってみてほしいと思います。絶対に楽しいから!でもめちゃくちゃしんどい!!!!!!でも、同人活動は本当に楽しい!!!!!作ってほしい!!!!!お願いします!!!!!!!!イベント会場で会おう!!!!!!!

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