見出し画像

【LTRインタビュー:伏谷秋義(ふしたに・あきよし)】石見神楽を目と耳で体験し、ワクワクしてください

(初投稿2023/3/28、最終改稿2023/3/28)

種神楽保存会代表・伏谷秋義さんの話

小さいころからお囃子を聞くと血が騒いだという
生粋の石見人・伏谷秋義さんに語っていただいた、
石見神楽の魅力とその楽しみ方とは……。


石見神楽は、松尾大社の節分祭で半世紀近く奉納されている。島根県西部の石見地域に根づく伝統芸能が、京都の歴史ある神社で演じられるようになったきっかけとは?

 私の父が若いころ、松尾大社さんから、節分祭に鬼を出してくれないかと依頼されたんです。神事として行う豆撒きは、鬼が登場しないと話になりませんからね。一方、石見神楽の演目には異国から来襲した鬼を日本の神様や神話の主人公が征伐するものが多く、おあつらえ向きだったのでしょう。もともと、こちらの御祭神・大山咋神(おおやまくいのかみ)が出雲神話でおなじみの須佐之男命(すさのおのみこと)の子孫神ということもあったかもしれませんが、なんといっても鬼の取り持つご縁が大きいのではないか、と(笑)。
 以来、2月3日になると年中行事のようにここで舞っていました。ところが、コロナ禍で一昨年、昨年と中止せざるを得なくなりまして……。今年は感染もだいぶ下火になったし、ぜひともお願いしたいとお声をかけていただき、喜んでやって来たのです。

石見神楽に惹かれる人は京都にも大勢おり、直に見たいという善男善女がぞくぞくと訪れて、境内は熱気に包まれた。この人気の高さは、どのような理由によるのだろう。

 出雲地域では、神事舞の佐陀神能(さだしんのう)が古くから執り行われていましたが、それが沿岸部の石見地域に伝わった際、石見人の気性に合わせて変容したのが石見神楽といわれます。動きの激しい舞とテンポの速いお囃子に加え、衣裳も豪華絢爛、舞台映えする。石見の人間はにぎやかで楽しいことが大好きなので、自然とそうなったと思われます。
 一方、京都では優雅さを重んじる巫女神楽が主流ですから、なにもかも対照的で、初めて観て驚かれる方も多く、手ごたえを感じます。私たち自身は、どこで演じても心構えは変わりません。とにかく舞うのが楽しくて、楽しくて(笑)。こんなに重い衣裳を着て30分も40分も汗だくで舞うなんて、好きでないとできない。石見の人間って、どこかでお囃子の太鼓が鳴っていたら、あっ、お祭りをやってる! どこ? どこ? とウキウキして、音のするほうに駆け出す。小さいころから、神楽のリズムが染みついているんです。

儀式舞、神能舞など演目により異なる舞を披露したかと思うと、昔話の再現にも力を注ぐ。石見人の前向きな気性がそこにも表れているのでは。石見神楽の現在について聞くと……。

 石見神楽には30種類を超える演目があります。『古事記』、『日本書紀』に描かれた神話だけでなく、日本の各地方で語り継がれてきた説話や伝説をもとに神楽として構成されたものが石見地域に根を下ろし、現在も神事として、あるいは娯楽として、お祭りなどで演じられているのです。ただ、すべてを習得した社中(神楽団体)はなく、私たちも三分の一ぐらいは難しくて歯が立ちません。まだまだ修業を積まなくてはいけないということです。
 新作も手がけてはみたんですけど、やはり石見神楽は神話に基づいた物語であることが大きな意味をもつので、そこはこだわりたいと考えています。むしろ、忘れられそうな昔話や武勇伝などを掘り起こし、演目として復活させる活動にも取り組んでいるところです。
 社中は130を超え、そのうち益田市に拠点を置くのが12。私たち「種神楽保存会」は約170年の歴史があって、団員は上が85歳、下は20歳で18名います。最近、若い人があまり入ってこないのが悩みです。「子ども神楽」を呼びかけて集まった子に教えていますが、続くのはひとにぎり。なぜかというと、島根県では高校を卒業すると大多数が県外に就職するしかなく、出ていってしまうからです。後継者問題は益田市にとどまらず、島根県全体の、そして石見神楽という芸能が抱えているものといえます。

伏谷さんのことばの端々に、石見神楽への深い思いが感じられる。義務や使命感というより、神楽が好きでたまらないからこそ、次世代の育成や地道な稽古に身が入るのだろう。

 いま、若い人が減っていると言いましたが、父がしているから一緒にしたいということで門をたたく人は20代にも何人もいます。父どころか祖父、曾祖父の代から石見神楽が生活の中心という家庭も珍しくありません。じつは、私自身も5代目です。昔は夜神楽といって、夜8時から朝6時とか7時まで夜を徹して演じることもありました。そういうとき、子どもらは舞台のへりに座って、なにもかも見逃さないようにするんです。いつのまにか空が明るくなって、眠い目をこすりながら学校へ行ったこともありましたよ(笑)。
 それと、益田市らしいと思うのは、どの社中も独自のカラーを大事にしているところです。若手は先代の舞を見て、お囃子のリズムをとって、自分なりのかたちをつくる。そこに色気が出るというか、味わいが生まれます。大勢で舞う場面では全員の動きを揃えないといけませんが、手に持った採物を放るしぐさをちょっと変えたり、本人に任せる部分もある。突き詰めるほどに深みに入っていくので、私もなかなか到達できませんが……。
 でも、だからこそ「この社中のこの演目が好きで繰り返し観ている」という熱心なファンもおられます。そういう方に注目していただくと励みになるし、ありがたいことです。

ところで、節分祭では演目ごとに鬼がさまざまに姿を変え、観衆を大いに沸かせた。あえてこれらの作品を選んだのか、最後に尋ねてみた。

 とくに今年はコロナ退散を祈願するのが趣旨ですから、この組み合わせになりました。次から次へと現れて悪さをする鬼は、侵略者であったり(「塵輪:じんりん」)、疫病であったり(「鐘馗:しょうき」)、はたまた自然災害であったり(「大蛇:おろち」)いろいろですが、いずれも社会を混乱に陥れ、人々に害をなすものを象徴しているわけです。
 鬼は現代の私たちの暮らしも脅かし、解決方法は容易に見つかりません。しかし、苦しい日々に耐えかねた昔の人がこれらの演目に希望を託したことは伝わってきます。たとえば「大蛇」は、今回は4匹でしたが、本来は8匹の大蛇が大暴れします。鬼とはなんだろう? この物語が意味することは? と探りながら勇壮な舞を見たりアップテンポなお囃子を聴いたりするのも、おもしろいと思うんです。私たちとしては、お見えになった方一人ひとりが目も耳もフルに使って、ワクワクしながら石見神楽を体験してくださることが、なによりうれしいですね。

2023/2/3@松尾大社(京都市)

(インタビュー & 文:閑)

*伏谷氏が代表を務める「種(たね)神楽保存会」は、島根県益田市下種町(しもたねちょう)にある。「鐘馗」「恵比須」は1977年に益田市無形民俗文化財に指定された。
https://www.pref.shimane.lg.jp/life/bunka/bunkazai/shimane/sityouson/masuda.html

*石見神楽は文化庁から「日本遺産(Japan Heritage)」として認定されている。これは「地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリー」であり、文化庁はそのストーリーを語る上で不可欠な魅力ある有形・無形の様々な文化財群を総合的に活用する取組を支援している。
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/about/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?