マドカ&ユズリハ 小説原案2 (5,000字版)

「ユズリハちゃん激写です!」

「ひゃぁっ!?」

鋭い声とともに、パシャッという音が何度か連続した。

呆れた感覚で振り向く。

顔を覆い隠すように持たれた一眼カメラに、紫色の髪がふらふらと風に揺られている、マドカだった。

「マドカ、いつも言ってるでしょ! 突然撮るのだけはやめてって…」

そう言うと、口を尖らせて不満そうに言った。

「だって今日のユズリハちゃんはいつもよりキラキラして見えたので…」

「だからそういう問題じゃ…」

はぁ、と溜息を吐こうとしたそのとき。

違和感に気が付いた。
いつものマドカなのに、何か違う。

…あれ。

「あんた、ネックレスなんて付けてたっけ…?」

突如として投げかけられた質問に、マドカはあたふたとしていた。

「え、い、いや! してました!」

「嘘でしょ、今までこんなの付けてなかったじゃない。」

彼女に首筋には、大人のモデル女性が付けているようなネックレスが掛けられていた。
きっとこれは、さすがのママでも持っていない。

「こんなの持ってたの、なんで隠してたのよ?」

「いや、隠してたとかじゃなくて…その…」

困惑しているのか、なんとも言葉があやふやだ。
マドカならズバッと切り捨てるか一気に饒舌になるかなのに、今日は変だ。

「か、借りたんです。お母さんから。」

…なんだ、そういうことか。

そのとき、アタシは思い立った。

マドカにばっと距離を詰める。

紫の地毛は、アタシに匹敵するほどにさらさらと流れていた。
 それになんといっても、本人が自覚していないであろうスタイルの良さは抜群。
 特に脚の細さについては、どこへ行っても褒められそうなくらいだ。

いきなり近づかれたマドカは「ひっ」と小さく喘鳴を漏らしたが、構わずあることを伝える。

「あんた、ソタイが最高じゃない! アタシから一つ提案があるわ。」

「ソ、ソタイ…?提案ですか…?」

「コ、コーディネート!?」

マドカは目を丸くして口を震わせる。

「いやぁ…私なんかにコーディネートしても意味ないですし、お小遣いでお洋服なんて買えませんよ…」

「そこらへんはいいの。服じゃなくてアクセサリーでコーデするし、やってみなきゃ分かんないでしょ?」

もの言いたげに口を動かすマドカをちらと見て、アタシはバッグに詰めた数々の物を取り出す。
 リボン、スカーフ、チョーカー、イヤリング。

「さ、マドカ。ちょっと動かないでね…」

アタシはおもむろにスカーフを手に取って、マドカの首に回そうと腕を伸ばす。

「あ、あの! ユズリハちゃん!」

大きい声を放ったマドカの顔を見ると、頬が焼いたお餅みたいに赤くなっていた。

「ち、近いです。自分で付けられますから…」

声を震わせながらマドカが言う。
 仕方なく、アタシは「はい」と彼女にスカーフを手渡す。

ゆっくりした手つきでマドカは首にスカーフを巻き始めた。
だが、意外にも手先が器用なのか、その手さばきに迷いはなさそうだ。

「できましたけど…こんなのでいいんですか?」

スカーフ付きの姿は、今までとは別人のようだった。

「上出来じゃない! やっぱりやってみる甲斐があったのね~」

自分のコーデで成果が出たのを誇らしく思う。

「じゃ、次はイヤリングね。これにしようかな…」

マドカの耳に寄り、まずは右から金具で耳たぶを挟もうとする。

「だっ、だから自分で付けれますって…!」

マドカはアタシのてのひらの中から二つのイヤリングを絡め取ると、素早く両方の耳に装着する。

「これで満足か」と言いたげにこちらを向く。

実際には見たことないけれど、キャビンアテンダントさんがこういう恰好だそうだ。
それこそ、マドカはあのマドカとは思えないほどにキラキラとしていた。

「すごい…マドカ、やっぱりあんたが一番映えるわよ!」

アタシは続けてバッグの中からアクセサリーを取り出す。
太さが色々な指輪や、桜色の知的メガネ。
誕生日にママから貰った、お気に入りのブレスレットも。

「待ってなさいよ。今から最高のコーディネートで作り上げてあげるからね…!」

「ユズリハちゃん…」

「この真珠のネックレスもいいなぁ…口紅も付けちゃおうか…」

「も、もういいです! もう…大丈夫…です…っ」

「…マドカ?」

聞こえたのは吐き捨てるような声だった。
手をグーにして強く握りしめ、閉ざした目に涙をかすかに浮かべたマドカがいた。

「もう…十分ですから。ありがとうございました…」

むりやり笑った顔で、アタシを見る。

無性に腹が立った。

「なんで、そんなこと言うのよ!」

「…え?」

「十分とか嘘吐かないで! あんたの顔見たら分かるわよ、したいのに、できないってだけじゃない!」

虫の鳴く声が聞こえるほどに静かになった。

「…スカーフの巻き方、アタシ知らないの。」

「え…どういうことですか…?」

「まだ覚えてなくて、でもあんたに付けてやりたかったから、強がってなんとかやろうとしたのよ!
 そしたら、あんたが巻き方知ってた。難しい巻き方を、おしゃれしない人が知ってるはずないじゃない。」

「そ、それはたまたまできただけで…」

首を横に振ると同時に、スカーフもふらふらと揺れる。

「それにイヤリングだってそう。なんにも説明してないのに、なんで左右が分かったのよ。」

「そんなの偶然当たっただけです…」

彼女が細かく頭を震わせると、イヤリングはカタカタと振動する。

「ねぇ、マドカ。本当は、あんたももっとおしゃれしたいんじゃないの?」

しんとした静寂。
きっと息が詰まっているんだ。
アタシだって、人にここまで詰め寄ったのはこれが始めてだ。

でも、これは嫌がらせなんかじゃない。
マドカに本当のことを言ってほしい。
いつもそばでアタシを見ている彼女におしゃれの希望があるなら、なんとしてでも譲りたくない。
そういう気持ちが先行しすぎて、思わずとやかく言い過ぎてしまった。

「マ、マドカ。ごめ―――

「ごめんなさい、ユズリハちゃん。私嘘吐きました。
 家で隠れて練習してたんです。」

…やっぱり。

そういう気持ちが強かった。
とても曖昧だけど、マドカが心のどこかで、何かを目指しているような感じがしたから。

「はじめっからそう言えばよかったのに。」

「…言えなかったんです。だって…」

「私が、私に自信がないから。」

「ユズリハちゃんはどんなときでも綺麗で美人さんだから、私はずっと写真に収めてきました。

そしたら私も綺麗とか、美人とかっていうのが何か分かると思ったんです。

お母さんのお化粧品とかアクセサリーとか、こっそり使ってやってみたけど、どうしても上手くいかなくて。
 ある日盗んでたことがお母さんにバレたんです。

そしたらカンカンに怒られて、こう言われました。
 「どうせ失敗するならやっても無駄だ」って。

それから私、自分に自信がなくなってしまったんです。
 どんどんおしゃれが怖くなっていって、ユズリハちゃんと一緒にいることしかできませんでした。」

私は、ぷるぷると震える唇でユズリハちゃんに伝える。

ユズリハちゃんのおしゃれも否定しているようなものだから、突き放されても仕方ない。

顔を上げたユズリハちゃんは、何も言わなかった。
ただ私を、驚いたような眼差しで見つめていた。

「だから…私をコーディネートしなくてもいいんですよ。
 ほら、他にもセンスのある子はいるじゃないですか。

マリアは先生にさえもかわいいって言われてますし、きっとおしゃれは好きそうです。
 ライオンはおしゃれには疎そうですけど、笑った顔はとてもおしとやかですよ。
 リンリンはメガネで分かりにくいですけど、目がキュートでギャップがあります。

私なんかにファッションを教えるより、他のみんなを優先させてあげてください。

美のためには努力を惜しまない、将来はモデルが有望。
 そんな誰にも負けないくらい可愛くなろうとして、今も可愛いユズリハちゃんがいるんですから。
 私はそれをカメラに収めるだけでいいんです。」

最後の方はほとんどしゃがれた声で、零すように呟いた。

「私を着飾ってもなんの意味もないでしょう。
 だから、私の分までユズリハちゃんは可愛くなってください。
 そうだ、それなら私がユズリハちゃんをコーディネートしますよ。
 私なんかが手助けになれるとは思いませんけど、そばにいられるなら。」

「やめなさいマドカっ!!」

「っ……!?」

空間と鼓膜が張り裂けるかのような大音量。

「アタシにコーディネート? そんなの要らない、それじゃマドカが辛いだけじゃない!

ママが言ってた。
 『諦めるのは、何度もやってできなかったときだけにしなさい』って。
 そりゃあ、誰にも教わらずにやったら失敗するかもしれない。
 けどそれ、何度も試してないじゃない。

マドカは自分でスカーフの巻き方を覚えるくらい頭がいいんでしょ。
 なら、もっと色んなこと知って、もっといっぱい練習しなさいよ。
 何回かしかやってないのに自信を失くすなんて、マドカだって嫌なはずでしょ?

アタシはチャレンジしたから、今こうしておしゃれしてる。
 マドカが自信ないのは、マドカのせいなんかじゃない。」

言葉に圧倒されて、声が出なくなる。
聞こえてくるのは、私の鼻をすする音と、息を切らしたユズリハちゃんの呼吸音だった。
頭が真っ白で何も言えない。
けれど、これではっきりした。

私は、もっと自信を持っていいんだ。

そんなとき、顔を上げたユズリハちゃんは。

「さぁ、さっきの続き。
 アタシがプロデュースするからには、とびっきり可愛くするわよ!」

笑っていた。

「こ、これが私ですか……?」

私は鏡に映った私自身に、驚愕した。

髪型は本当に別人になったかのようだ。
いたるところがゴージャスに編まれ、どことなく「お嬢様」が浮かんでくるヘアスタイルになっていた。
首からはスカーフが色どりを添え、おまけと言わんばかりのリボンと、「M」と書かれた紫色の花のような髪飾りが髪に差し込まれていた。
耳の重みは、私が付けてみたかったアクセサリーのせいだろう。

おとぎの国の住民に、今ならなれるような気さえした。

「中々上出来じゃない? 」

「上出来なんてレベルじゃないです…こ、これ…本当に私…?」

驚きを隠せないでいると、ユズリハちゃんはふふと微笑みかけた。

「そのロゼッタ、作るの大変だったのよ? ね、アキ?」

「えぇ、アタシがラグジュアリーにメイキングした甲斐があるわ…」

これは意外だった。
ユズリハちゃんが付けている「Y」と書かれた装飾、それを私専用に作りたいと言い出したのだから。
そんなときに助太刀したアキは、お得意の工作が生かせてたいへん満足そうだ。

「カメラちゃん、すっごくかわいー! どうやったの~?」

「ひゃっ!?」

真後ろからした声に、思わず身を縮めて驚いた。

そこには、裏のないマリアの笑顔があった。

それだけじゃない。その後ろにはヒカルがいる。
私たちの集まりを見て、リンリンやライオンが近づいてきた。
二人も私をキラキラと光った眼差しで、にこやかに見つめた。
「マドカちゃん、一瞬誰か分からなかったよ!」「非常に素敵です…!私もおめかしを教えていただきたいですね!」
そんな話し声が耳に入ってくるたびに、不思議な気持ちになる。

だんだんと人が集まってくる。
女子だけじゃなく、シンタやワタルも興味本位で近づいてきた。
さらには先生も釘付けになって、もはやここはお祭り状態になった。

「パープル、なんかテレビに出てる人みたいな見た目になってるぞ…」
「…お砂糖漬けのアメジストみたいでステキだね」

慣れない歓声が増えていくうちに、胸が高鳴っていく。

「み、みなさん、ありがとうございますです…!?」

あわあわと困惑しすぎて、言葉もままならなくなった。

「マドカ、激写よ!」

パシャリ。

シャッター音がしたほうを見れば、そこには私も見たことのない笑顔を浮かべるユズリハちゃんがいて。
私のカメラを片手に携えた姿は、誇らしげで。
嬉しさで涙が出てきそうだ。

「たまにはその恰好で、ママをびっくりさせて来なさいよ!」

「やっぱり、恥ずかしいですよね。」

私はカメラを手に取って、独り言を呟いた。

保育園はもう帰る時間。
私は今日の騒ぎで撮られた写真を眺めていた。

そこに映っていたのは、私のようで私でない人の姿。
あのコーデで人生まで変わった私の姿だった。

私は、カメラの十字ボタンを押して「削除」を選ぶ。

確かに幸せだったけど、こんな恥ずかしい写真をずっと残しておきたくはない。
ひと時の幸せを噛みしめたから、もう十分。

「…あれ、まだある…?」

写真フォルダは、まだ右に画像があると示していた。
カチッとボタンを押してみる。

他の園児をバックに私とユズリハちゃんがツーショットされた写真が映し出された。

「いつの間に、こんな…?」

私はカーソルを当てていた「削除」を取り外す。

「消せませんよ、こんなの。」

ほほえましい気持ちに満たされて、私はそばにあった鏡をみつめた。

もうちょっとくらい、自信を持ってもいいですよね。

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