ぜんぶ話したい


だってあなたがあまりにも、真ん中にいる人だから。あなたに近づくと音符だって凛と背筋を伸ばします。見蕩れていたんです。仕方ないでしょう、どうしてそんな言葉を話すの。砕けた硝子が一番光っていたあの頃を思い出します。そうでした、誰かが強請っていたお高い宝石のブローチなんてわたしは欲しくありませんでした。ずっと、触れれば指が傷ついてしまいそうな鋭利な硝子がすきでした。

わたしはどうして、欲しくてたまらなかったものすら捨ててしまうのでしょうか。大切にしていた贈り物を、ついにきのう捨てました。大切にすることには時間が必要なのに、捨てるときは簡単でとても悲しかったです。

わたしが握った手に、わたしの体温が少しだけ残っていたならその時間のなかで消えたい。蒸発するように、枯れ果てるように、この世界から、悲しみだけを吸って誰かのために散りたい。そんな風に祈って、骨々と生きてきたのに、時々すべてのことに意味があるような、そんな夢を見てしまう時があります。愚かで、愚かで、あなたには会えない。

もしわたしがあの花のように美しく咲いたら、あなたに贈られる花束の隅の方でゆれたいのです。この願いすらも欲張りだと叱られてしまうでしょうか。今日は月がどんな大きさだったのか、今日はどんな勇気で部屋を出たのか、あなたにぜんぶ話したい。本当はぜんぶ話したい。なんだって伝えて、わたしとあなたの境目がどこかわからなくなるまで生きてみたい。でもそれは欲張りです。わたしにもそれくらいのことは分かります。だから今日も自分のあまりの小ささを愛おしみながら、お酒をのみます。そうすれば、うそが沢山つけるから。

夜、あるきながら不安になることがすきです。いつも不安なのだけど、夜の不安はとくにいい。わたしのことをもしかしたら、うっかり、しっかりと殺してしまうかもしれないからすきです。白線の上をゆらゆら歩いたときに、落ちてしまいそうになる瞬間がすきです。橋から川を覗き込むときに、つま先を浮かすのがすきです。こんな風に、うっかり、しっかりといのちを粗末にしてしまえればわたしこんなに愚かな長生きをしませんでした。

だから、お酒をのみます。何をしても理由を得られるような気がしたからです。ある誰かは、迷って生きているのに、恋をしています。ある誰かは、迷わずに生きているのに、はやく死にました。わたしたちは愚かで、覚えることや忘れることを使いこなしています。進化の過程で手に入れた、こんな機能のせいで世界があまりにも大きくなってしまった。個体差と呼ぶには大きすぎる、あなたとわたしの違いに絶望してだからお酒をのみます。

どうにでもなれ、と生きています。とおくにいきたい。はやく、はやく。ひとりで生きることのおわりが寂しいことは知っていますが、だれかと生きるには無責任すぎる。そのだれかを置いていくとか連れていくとかそんなことをわたしは選べません。でもいつか、しあわせになることに理由がなくなったらいいな。いつも何層にも何層にも上辺や建前を重ねてきたけどわたし本当はただ、しあわせになってみたかっただけです。恋とか愛とかにすこし触れてみたかっただけです。しにたいとか生きたいとかそんなことを沢山語ってしまうのに、本当はあたりまえに眠って起きてその隙間で愛に触れたりしたかった。もう誰にも言わないから今日はいいます、だってお酒を飲んだから。

わたし、こっそり神様にだけほんとうのことはなしてきたのに雨が降る日は神様 会えなくて夜行バス このまた死んじゃいそうだへへへ

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