やわらかい

ほろほろと、待たないなみだが転げ落ちる。まつ毛の際、きみが手をさしだす。ああだめだ、わたしはひとと暖かく生きることがへたくそで、日曜日のお昼だというのに泣いてしまう。
窓辺、チューリップが咲いてる。わたしが歩く、速度に合わせて、きみが後ろをついて歩く。拾った木の枝、貝殻、光、風とか、ほろほろと落として歩く。わたしの手のひらは隙間だらけで、なにもかもを包み込めない。後ろを歩くきみが、背の高いきみが、丁寧に拾ってくれる。落としちゃった大切にしたかったものたちを、代わりにきみが持っていてくれる。情けないなと思うのに、止まらず足は日向に進む。
あのチューリップは、わたしに連れて帰られた可哀想なチューリップだけども、きみが花にしてくれたしあわせなチューリップ。
明るくいなくちゃならないのに、上手におしゃべり出来ないな、という日にはカタカタ下顎が揺れるので、隠すために歯を食いしばったり、それでもほろほろと、泣けてしまったりする。
かなしいことなんて、本当に消えた。しゃがみこむ必要などないくらい、わたしの生活は光ってみえる。たんぽぽの綿毛が透けてるみたいな、それくらいの透明度。春がくるというのに、こんな風に眠いとは、生まれてはじめての感覚で、こわいとすら思っている。微睡んだまま眠りについて、もう醒めないといいなと願う。唾を飲む音が、身体のアンプ越しにドクンと響く。わたしたちには体温があって、ふたりを擦り合わせて、ひとつの温度になろうとしている。仲直りなんてできないだろうな、もともと違ったふたりなのだから。言葉の選び方を間違えていればいい。疑いつづけて、すこしも安心できないまま、これが最後になりますように。足のちから、気をつけて生きる。白線の剥げたアスファルトをうるさい音のなるキックボードで駆ける。

選ぶたびに、選ばなかったものが大切だったような気がしてしまうよ。ことばはいつも詰まる、恐る恐る目をみてみても、何にも思いつかなかった。わたしが乱雑にまとめた色鉛筆を、きみは丁寧に並べ直してくれる。それはやさしいことなのにとても苦しくなって、だから絵を描くのをやめた。
ずっと締め切ってた雨戸を、きみがガチャンと音鳴らして開けたら、薄暗かったロフトがあっけらかんとひらけて見えた。富士山が見えるんだって、そんな宝ものも、わたしはひとりじゃ見つけられない。
しあわせになりたいなと、言ってみただけで本音ではなかったみたい。そこそこ悲しいまま、わたしだけにやさしい人を貫く。見えるところについたシミ、透けない青のハイエース。閉店が決まった古い本屋のつまらない在庫たち。外みたいな屋内、天気のいい日の仲違い。不機嫌がいけないことみたい。焦らなくて良い日に焦らなきゃならないのは、わたし苦しくていやだけど、そんなにワガママ言うほどのいやだの気持ちでもないから、やな言い方して合わせたりした。大人げないなと思ってる、きみの前で小さな子どもみたいに駄々をこねてばかりいる。風船がほしいよ、なんてことをねだってしまう。気持ちは、全部が強いわけじゃない。そうでもないけど一応ある、くらいが転がっていて、どれを選ぶかで機嫌が変わることがすきだったの。生活にはそれくらいの偶然を求めていて、それよりも良くちゃだめ。ひとりで図って生きてきたの、ひとり分を満足させるしあわせで。むずかしい。
きらいにならないで、と不安がる声に、ちゃんと返事ができずいる。思う分には大丈夫だよ、曖昧に寝ぼけた感じの声で唸って、薄めてしまって申し訳ない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?