見出し画像

俺とポカリと空と的な話


空を見ていた。

ペンキで塗り潰したような青に、重量感のある雲は白くたなびく。
手を伸ばせば空の1番低い所に手が届きそうだ。
仰向けに横たわる俺の首の後ろを地熱がジリジリと焦がす。
蝉が鳴いている。
時折吹く風は青々と伸びた雑草を揺らしていた。

ひとしきり遊び尽くした後、ランドセルを置きに行くと帰宅した友人が自転車に乗り戻ってきた。
前かごからペットボトルを投げて寄越す。
「家の冷蔵庫にあったやつ勝手に取ってきた。まあ飲めよ」

青のラベルに白文字で書かれたポカリスエット。
まるで今日の空みたいな配色だ。
ペットボトルはまだ冷えていたが、受け取った手の掌を濡らすくらいにボトルは汗をかいていた。

キャップを捻り、口をつける。
甘い。
健康な時にカラカラの喉を潤すポカリスエットってこんなに旨かったんだな。


元来、俺はポカリスエットがそんなに好きではなかった。
俺の中では不幸の象徴というか、あまり好き好んで飲むような飲み物では無かった。
別にポカリスエットを貶すつもりはない。
ポカリスエットは熱中症対策など水分補給の手段として優れた飲み物だと思っている。

故に、風邪を引いて発熱した時に飲まされていた。
つまり、不幸の象徴とはそういう意味で、要は具合が悪い時の飲み物として当時の俺はインプットしてしまったのだ。
ポカリスエットには何の罪もない。
熱に浮かされてボーッと眺めていた薄暗い天井を思い出しちまう。
ただ、それだけの話だ。

「……それ飲んだらまた何かして遊ぼうぜ」
おう。と俺は返事をし、口を拭って立ち上がる。
夕暮れまではまだ時間がある。
蝉はまだ鳴いていた。


少年はみな、ランドセルを下ろし学ランなりブレザーに袖を通す日が来る。

学ランに袖を通した頃からだろうか?
気が付くと、もう手を伸ばしても空の1番低い所に手が届きそうになかった。
ペンキで塗り潰したように見えていたあの青も色褪せてしまった。
公園に仰向けに横たわっていたあの頃の空を感じる事は出来なくなってしまっていた。


あの頃の空が見えなくなった数年後も、俺は相変わらず学ランを着ていた。
とはいえ、高校に上がる時に学ランを買い直したため、俺にとっては2着目の学ランだった。
その日、俺達は友人宅に寄り道して遊ぼうと数人で帰路についていた。

友人宅の近くには公園があった。
せっかくだからちょっと寄ろうぜと提案した奴がいた。
公園で遊ぶとかもうそんな歳でもあるまいに、などと言いながら、満更でもない様子で公園に足を踏み入れた。
遊具があり広場がありベンチがあり…。
いわば、何の変哲もない普通の公園だ。

「おい。サッカーボールが落ちてるぞ」

体育会系の友人が、誰かが忘れていったのであろうベンチの近くに寂しく転がるサッカーボールを目敏く見付けた。

「コイツを拝借してサッカーでもやるか?」

「ん…?それ、弟のボールだな…。あいつまたこんなとこに忘れてきてたのか」
「え?これお前の弟のボールなの?」
じゃあ遠慮はいらねえなと、俺達はサッカーを始めることにした。
「じゃあ俺は先に家に戻って部屋の片付けしてくるわ」
と、遊びに行く家に住む友人は一足先に帰宅した。

暫くすると友人が公園に戻ってきた。
「お前ら、まだサッカーやってたのかよ」
と笑うと、俺も混ぜてくれとサッカーはさらに白熱して続行された。


それからどれくらい経った頃だろうか。
「待て。明日も学校なのに制服ドロドロじゃねえか」
「お前なんて膝の部分破れてるじゃねえか」
まあどうにかなるだろと笑い飛ばすと、酷く喉が渇いてる事に気が付いた。
友人曰く、自動販売機までは若干距離があるのでジャンケンで負けた奴が買いに行くという話になった。

ジャンケンで負けた奴に、各々自分のオーダーを伝える。
「西条は何にする?」
「何があるか解んないから、お前と同じ物でいいや」
ついてねえなあ。とボヤキながらそいつは自動販売機へと向かった。
待つ間、俺達はその場に座り込む。
吹いてくる風が心地よい。

程無くしてそいつが帰ってくると、おい!受け取れよ!とペットボトルを投げて渡してきた。

青のラベルに白文字で書かれたポカリスエット。
まるであの日の空みたいな配色だ。
ペットボトルはまだ冷えていたが、受け取った手の掌を濡らすくらいにボトルは汗をかいていた。

今日の空はどうかな。
俺はあの日のように仰向けに寝転んでみた。「おい!そんなところに寝たら汚れるぞ…」
うるせー、ほっとけ。
俺は空を見る。
やっぱりあの日の空とは違う。
たぶん、俺はもう未来永劫あの頃の解像度で空を見ることは出来ないのだろう。
それは悲しいことだろうか?
否、俺はあの頃の空をまだ覚えている。
だからそれでいい。

キャップを捻り、口をつける。
甘い。やっぱりポカリスエットってこんなに旨いんだな。
「ポカリの味だけはあの日と同じだ」
そう呟く俺に、友人達はさっきあいつヘディングした時に…と囁き合う。
…そんなんじゃねえよ。と俺は笑って口を拭う。
その日も蝉が鳴いていた。



今年ももうすぐ、夏が始まる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?