見出し画像

詩集『青春』 第二章 旅の場所 作品04〜06

 ナオミ10横 粒子 

【作品04】旅の場所(一) 蒲庭岬

海を歩いた

空は灰色に濁って

遠くまで波のうねりが続いていた

〈遠くまで歩いていくがいい〉

砂浜はすぐに切り立った崖になった

崩れかけた砂質の堆積岩からは

時代の知れない

無数の古生物の化石が発見される

石に閉じこめられた

二枚貝、巻き貝、そしてアンモナイトよ

お前たちが生きていた頃と

この世界は変わっているか

まだ この場所が海底であった頃

生命を終えたおまえたちの悲しい遺骸

くりかえされた造山活動が

この場所を陸地に変えたが

その頃も風は海に向かって吹きわたったか

このとき 松林を

風は鳴って渡っていった

はてしなく続く海岸線に人影はなく

たぶん

船たちは水平線の彼方を

その日の港をめざして進んだ

濁りきった曇天の漁村を

わたしは歩いた

痛む胃をかかえながら

果てしもなく歩いていった

●一九七二年五月                          蒲庭岬は福島県相馬市にある。蒲庭温泉という温泉宿があったはずだが、大震災以後、情報を見かけない。再訪して、海岸がどうなっているか、確かめたいが、時間がとれない。

………………………………………

【作品05】旅の場所(二) バスの中で

ちょうど 日没の方向に向けて

走りながら 崖沿いの

カーブを曲がるたびごとに

激しく揺れるバスの中で

村の女たちのしっかりした腰部と

生殖器は大きく動いた

もうじき 海に沈もうとする日差しは

まだ かなり強かったが

バスの車内を斜めにつらぬいた

黄色くまばゆい斜光を浴びて

驚いたように顔をあげた

おんなよ

村の生活はおまえの美貌に気付いているのだろうか

村の男たちはおまえを愛するだろうか

右姉指の白いコインの指輪は

だれかにもらったものであったのかどうか

村の女の愛の有様をわたしは知らない

ほかの女たちにまじって年老いていくおまえの

長い日々の歴史をわたしは知らない

海の見える村の道をバスは走った

わたしは旅人

わたしの愛の有様を村人たちはだれも知らなかった

●一九七一年 八月

………………………………………

【作品06】旅の場所(三) バス停の少女

少女よ

夕立に追われて

海辺の小道を走ってきた

日に焼けて まだらな膚の少女

雨はまだやまないだろう

もうじき 最終のバスが来る

雨を避けたバス停の待合所で

うつむいてそれから 顔を上げた拍子に

突き刺すようにつらぬいたおまえの視線

 昨日 夜更けに

 窓のガラス窓を通して見た

 星空は鋭くうがたれた群青の壁面のようであった

 銀の光条が

 無数にきらめき輝くのであった

覚えておくがよい

濡れたガラス窓に顔を映している少女よ

おまえの十分に発達しない性器と

おまえの十分に発達しない心理と

そして

おまえの視線にえぐられたわたしの心理の壁面を

不躾なおまえの視線が傷つけた

わたしの胸の深い傷を

覚えておくがよい

●一九七一年 八月



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?