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詩集『青春』 第三章 記憶の光景 作品15〜作品18

第三章は高校時代から、大学生のころに書いた詩がおさめられている。たぶん、何百という詩を作ったはずだが、選び抜いて、まとめたものである。

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【作品15】 標的

愛の本質にふれながら かって わたしが人に

語った言葉は いままで 一度も役に立ったこ

とがなかった たとえば わたしが意を決して

あなたを幸せにしてあげたいのだ と いった

とき あなたはすこし 顔に怒りの表情を浮か

べて それでは わたしが いま 不幸な状態

でいるみたいじゃないの と わたしに 切り

返してきたものだった けっきょく わたしは

こころのなかで 情が勝ちすぎるのかも知れな

い と 自分に言いなれた 弁解を呟きながら

朝の街頭で新聞を買う いま わたしは二十五

歳だが 青春の 残された余白を埋める色彩は

いったい どんな色なのだろうか と いぶか

しんでみる もちろん わたしは それについ

て なにも知らない そう わたしは 画家で

はないのだ そして たぶん 少年のように新

鮮な哀しみが そこを彩ることは もう あり

えないのだろう ただただ 深まっていく 秋

の日差しのなかで しだいに青ざめていく お

のれの皮膚に ある種の切ない焦燥を感じなが

ら 失語症の患者かなにかのように 盛んに口

ごもりながら それでも 熱心に なにかを人

に伝えようとし そういう情熱の燃やし方は

もう 遅すぎる 自分のこころを立ち直らせる

のは 不可能だ と 思い知るのだ 駅のスタ

ンドで 白い牛乳を飲み干しながら わたしは

自分が 旅人ではなく とりわけ 古代の草原

を果てしもなく 放浪しつづける 狩猟民族で

はなかったことに このとき はっきりと気付

くのである 人々は枯葉の舞う舗道を忙しく立

ち歩き 幾たびかの夏の日々 わたしの 許さ

れた異郷への 旅の記憶は 風に似て わたし

の記憶を かすめ去り 見知らぬ国を 不安な

表情を 露骨に現しながら そのころのわたし

は いつも 旅を急ぐ 旅人であった そして

もう帰ろうと ひそかに思い立った その旅の

なかで そのときから いかなる人も おのれ

を 旅人とは言えなくなるのだ たとえ いく

たび 辺境をさすらおうとも 帰るべき家路と

ともに そこに住む人々にむけてする サヨナ

ラの仕草とともに 彼はもはや 明確な禁忌に

幾重にも縛り付けられた 定住者であった そ

して この街で いま わたしは わたしを取

り巻く さまざまのものに はっきりと とら

われ 従わされ押し流されており おそらく

だれもその流れに あらがいようもなかったの

だろう 彼は たぶん おのれのそういう生き

方を あまり 好きになれず わたしは いつ

も自分の生き方を 好きになれないなあと思い

ながら 生き続けてきたのだなあと考え それ

でも この夏の旅はとてもよかったと もう一

度 自分のなかの記憶を 掘り起こしてみて

改めて こころのなかで 後ろから背中を押さ

れるようにして すでにそこにない 過ぎ去っ

た日々に まといつかれながら 加速度をつけ

て落ちていくように 生きているのをはっきり

と 形として受け止めるのである これら 一

連の心理の動きが たとえ 彼の意志ではなか

ったとしても いま 襲われた心情は かって

楽しく空想し 貧しい少年の胸をときめかせた

日常の充実 そのものに違いなかった わたし

は自分のなかの心理の 過去にむけて発する

おびただしい量のベクトルに気付き、街頭を歩

いていた歩みを止めて 急に背後を振り返って

みた そして そこに 彼の意識になんのかか

わりもなく くりひろげられている 他者たち

の世界が 厳然として 存在していることを

わたしなぞ だれも気にしているものなどいな

いのだ ということを あらためて確認し ま

た 歩き始めるのである わたしは ふたたび

目的もなく 宛もなくさすらう旅に出かけるこ

ともなくなってしまってから 急に 後ろを振

り返ることもしなくなってしまったが その日

以来 昔のようにはわたしが 激しくなにかに

陶酔するということは なくなったのだった

●一九七一年 **月...

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【作品16】 風景画

荒涼とした風景の

遠くに見つけた小さな河原

せせらぎの光の

きらきらとした

乱反射に混じって

風吹くたびに

ちるちると

悲しくさけぶ

わたしの小鳥たち

夕日に染まって

あかく

血潮を噴いて

天空に舞う

●一九六七年 **月

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【作品17】 光る石

雨のなかで小石を拾った

あたかも

かたくなに口を閉ざすことが

人間たちのあいだでの太古以来の風習であるかのごとくに

わたしもまた

青く小さく光る石を手のひらに握りしめて

降りしきる雨に頬を打たれながら

夜更けの舗道に

いつまでもいつまでも

たたずみつづけるのであった

●一九六八年 十月

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【作品18】 雨

雨よ

真夜中に降り続ける雨

わたしの家をとかし

わたしの肉体をとかし

痛むような静けさのなかで

わたしはいっさいを忘れ

雨を忘れ

夜を忘れ

降り続く雨に

もう何も言わず

もう何も見えず

別れを告げる

さようなら

街に住むひとびとよ

そして

わたしが生きたいろいろな場所で語られた

いろいろな言葉たちよ

雨後の

薄明の

世界で

錆びつけ

●一九六九年 秋

つづきます。

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