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往来の車やバイクの音も已み、灯りがぽつりぽつりと消え、ついにこの部屋だけ、ぼんやりと明るい。気がする。窓を少し開けると、晩春の夜風が肌を撫でる。一瞬間、自分は船の上にいるのではないか、という想いがかすめる。電子の黒い海を泳ぐ、一艘の光の小舟―。 ぼんやりと明るいその部屋では、窓に面した机に鎮座するコンピュータがいっとう光ってる。操舵手は黙々と打鍵するのみで、碌に方向をもたない。キーボードの打鍵に応じて画面に黒い文字群を並べることに特に意味はないが、習慣というのは意味という
通り沿いの小さな部屋には自動車の駆動音が反響し、ときどきにそのヘッドライトが天井に平行移動する光を描く。それはまるで周期と軌道が決まっている彗星のようにも見えた。膨大な情報に飽和した脳の細胞が、ただその光を見つめる眼球にやさしく熱を含ませ、毎日やってくるあの停止―大いなる眠りに身体をいざなう。 上京して、知らない街の知らない部屋に住み、知らない人間を満載した箱に毎日通っている。少しずつ知識と経験が増え、それらは見知ったものとなってゆくのだろうが、新参者は律儀にも、真冬